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黒のシャンタル 第一部 「過去への旅」 <完結>  作者: 小椋夏己
第二章 第三節 進むべき道を
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16 違う道を

 そういうことに決めると、翌日からは特に何かをするともなく、カースでゆっくりと過ごすこととなった。


 ダルも漁には出ずにトーヤに付き合う。


 ミーヤはダルの母親たちから魚料理の作り方、時々市などに出す細工物(さいくもの)の作り方などを教えてもらっていた。


 ルギは時々ダルに剣の手ほどきなどをする以外は、相変わらず何をするでもなくトーヤを見張っている。トーヤは自分も暇にしながら「暇なこった」とそのことを時々ぼやいたりもする。


 全て世は事もなし、普通の時間が流れていく。


「ミーヤさん器用だねえ、これだったら高く売れるよ、いい出来だ」

「ありがとうございます。祖父が家具職人をしていますし、亡くなった父も同じ仕事を志していたと聞きますから、もしかしたら手先は似たのかも知れません」

「あんた、若いし、まだ誓いを立てちゃいないんだろ? だったらいっそ宮をやめてうちの村においでな、そんでトーヤと世帯(しょたい)でも持ってここでのんびり暮らすってのもいいんじゃないのかい?」

「え……」


 ダルの母親、ナスタが突然そう言い出したものでミーヤが顔を真赤にして下を向いてしまった。


「ほらあ、あんただってそういう気、ないでもないんだよ。どうだい?」

「そう申されましても……」


 近くでその言葉が聞こえていたトーヤも思わず顔を赤くする。


「トーヤ、どしたんだ?」

「いや、いや、あのな……ゴホン」


 話をごまかすようにしてナスタに聞く。


「おふくろさん、その誓いを立てるってなんだ?」

「なんだよ、知らなかったのかい? 宮に入った侍女はね、一生を宮で過ごすって決めたら、もう結婚もしません、用もなく外にも出ませんってそう誓いを立てるんだよ。ミーヤさんは若いからね、まだ立ててないと思ったわけさ」

「え」


 トーヤが驚いてミーヤを見る。


「本当なのか?」

「はい、いつかは……」


 ナスタがトーヤに色々と教えてくれた。


 「誓いを立てる」とは、宮に一生仕えると正式に公に誓うことだ。

 誓いを立てたものはそのまま一生を終えるまで侍女として務めると運命を定める。 


 だが宮に入ったからと言っても即そのように人生を定めるというのも(こく)なことでもある。なので大部分は年齢を重ね、何か役職(やくしょく)についた時など、もう宮から出ることはないとなった時に誓いを立てることが多いのだ。


 例えば侍女として入ったものの実際に入ってみたら思ったより適正がなくて宮を去ることになったり、中には宮で出会った衛士と恋仲になり家庭に入る者がいたり、時に家の事情で娘を返してほしいと言ってくることなどもある。


 そして侍女にはミーヤのようにして選ばれる「応募の侍女」の他に、招待枠(しょうたいわく)のように人生の一時期を侍女として過ごす「行儀見習いの侍女」があった。

 大抵が貴族や有力商人などの子女がいわゆる「(はく)をつける」ために入ってくるものだ。


 そのままずっと宮に残る者もいることはいるが、大部分が年頃になって家からの縁談などが進むと宮を去っていく。宮で行儀作法(ぎょうぎさほう)などを身につけ、シャンタルに(つか)えたという事実が目に見えない財産となるのだ。


 何しろ宮には用が多い。宮に仕えることだけを目的にした侍女だけではなく、そのようにして手伝う人手もなくては運営が回っていかない。お互いのためになるので長年の間にそのような仕組みができあがっていた。


 ミーヤの場合は一時的な行儀見習いではない。つまり、いつかは誓いを立てる事を前提(ぜんてい)に宮に入っている。


「そうなのか……」

「はい……」


 トーヤの問いかけにミーヤは下を向いてひっそりと答えた。


「ミーヤさん、あんた、いくつだい?」

「15です、年明けには16になりますが」

「だったらまだ間に合うだろ? 人生を宮に捧げるって決めるには早すぎる、他の道も考えてみちゃどうだい?」

「他の道?」

「さっきあたしが言ったような道だよ。人には出会いがある。あんたがこうしてあたしらと出会った、それで違う道を進むようになることがあったとしても、それもまたシャンタルの思し召しだよ?」

「違う道を……」


 ミーヤはそういうとしばらく黙っていたが、


「……ですが、私には祖父が……1人になると分かっていて私を宮に送り出してくれた祖父がおります……祖父の期待を裏切るような真似はできません……」

「なに言ってんだよ!」


 ミーヤの言葉をぶった切るようにナスタが大声で言った。


「あんたのおじいさんはさ、あんたが一番幸せになれるように考えてあんたをこっちに出してくれたんだろ? だったらあんたの幸せが違うものになったとしたらさ、そっちに行けって言ってくれるに決まってるよ。嘘だと思うなら聞いてみればいい」

「…………」


 ミーヤは何も答えず、また下を向いて細工物仕事に戻ってしまった。


「フェイちゃんはうちの村で幸せそうだった」

「え」

「あたしは、遠い世界のことだしさ、侍女の人は侍女の人の幸せがあると思ってたんだよ。だけどあんたとフェイちゃんを見たらやっぱり同じ人間なんだなと思った。あんたは侍女よりもそっちの幸せが似合ってる気がするよ。フェイちゃんもそう言ってる気がする。ほんとに考えてみなよ、ね?」


 それだけ言うとこちらもまた黙って細工物仕事に戻り、そのまま誰も言葉を発することなく時間が過ぎていった。

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