13 道標
トーヤとミーヤは黙ったまま墓所の入り口まで戻ってきた。
墓所の中から見て前、東の方には「前の宮」がある。このまま真っ直ぐそこを進めばトーヤに与えられている部屋もある「前の宮」に戻ることになる。
その道をここから見て左、北の方に曲がると「奥宮」に続いている。
「奥宮」から真西に例の「聖なる森」がありその中に「聖なる湖」がある。
予定ではここでミーヤと別れ、ミーヤが一人で「奥宮」から「聖なる森」の「聖なる湖」まで行くことになっている。
「奥宮」は基本的には男子禁制である。トーヤは前回「前の宮」のマユリアの客室から北西に走って森に迷い込んだ。ミーヤも同じ道を進んだはずだが、迷わずにまっすぐ湖にたどり着けた。
「では行ってまいります。大人しく部屋に戻っていてくださいね」
いたずらっ子に言い聞かすように言うミーヤに、
「なんだよそれ、言われなくても大人しくしてるってばよ」
と、トーヤも明るく返す。
ミーヤが楽しそうに笑い、
「では」
と、頭を下げて左に曲がった。
ミーヤの後ろ姿がどんどんと小さくなっていく。
その後ろを見送っていたトーヤだが、突然不安が心に湧き上がった。
思わずトーヤは走り出し、追いつくと右手でミーヤの左腕をつかんでいた。
「どうなさったのです?」
ミーヤが驚いて聞く。
「いや……」
急いでミーヤの腕を放す。
「なんかちょっと不安になっちまってな……」
「不安、なにがですか?」
きょとんとしたミーヤの顔を見るとなぜだかほっとした。
「あんたが、いつかここに来る、なんて言うから……」
「え?」
少し考えて思い出す。
「ああ」
そう言ってまた笑う。
「大丈夫ですよ、まだまだ先のことですから」
「あたりまえだ!」
真剣な顔で言うトーヤにミーヤも真顔になった。
「大丈夫です、信じてください。しっかりと見て、戻ってそのことをトーヤに報告しますから」
「…………」
トーヤがじっとミーヤの目を見た。
澄んだ、澄み切った黒い瞳。
まるであの時に見た湖のようだった。
「分かった、あんたを信じる……よろしく頼むな」
そう言ってミーヤに頭を下げる。
「分かりました、まかせてください。さっきも言いましたがフェイも一緒です。ね、フェイ?」
軽く青い小鳥を下げている隠しのあたりを上着の上から押さえる。
「フェイも頼むな」
そうしてトーヤはミーヤを見送り、1人で与えられている自室に戻った。
ミーヤは一度奥宮に入り、そこから西へ真っ直ぐに進む。
目の前に小さな森が見えてきた。聖なる森だ。
こちらに来るものはほとんどいないが、全くいないというわけではない。何かに迷った時、静かに考えたい時、そんな時にひっそりと訪れる侍女はいる。
そんなものの姿を見た時、他の侍女たちは見ないふりをして見送る。明日は自分の姿かも知れないからだ。
ミーヤもそんな1人の顔をして森へと近付いた。
(シャンタル、どうぞお導きを……)
静かにそう願う。洞窟の入り口へと導いていただけますように、トーヤの道しるべをお知らせいただけますように、と。
ミーヤが森に一歩足を踏み入れる。
わずかだが誰か、または何かが通ったように草が踏まれて道のようになっている。そこを歩む。
すでに目の前に湖の光が見える。
これが見えないとはトーヤは一体どこへと導かれていたのだろうか。
恐れは感じなかったが不思議でたまらなかった。
間もなく湖に着いた。
湖から西の方角、王都を取り巻く山裾に続く森のあたりへ目をやる。
(カースから続くとしたらあちらのはず)
そちらへと進む。
下生えが段々と深くなり、ミーヤは手で草をかき分けながら山裾へと近付いた。
「あ、あれは……」
思わず声が出て口を手で押さえた。
誰が聞いているというものではないが、なぜだか声を出すのもはばかられる。
(洞窟の入り口……本当にあったんですね……)
入り口にそっと手をかけて中を覗き込む。
外からの光が入る範囲はトーヤに聞いていた通り、かなりの広さの洞窟がずっと続いているように見える。灯りを持っていないのでそれ以上中に入るのはやめておいた。
(見たことを帰って報告すること、それが今回の私の役目だから)
確かめるように洞窟の壁を触ってみる。
確かにそれはそこにあった。
それは、トーヤが自分の故郷に帰る道につながっているかも知れない。
そう考えると胸の奥に何かの塊のようなものを感じたが、それを振り切るようにして元来た道を戻っていく。