20 狂乱
朝になると侍女が2人、ある物を持った神官たちとトーヤの部屋にやってきた。
「それは……」
「マユリアからこれを使うようにとのことです」
侍女の1人がそう言い、神官たちがそれを置いて一度部屋の外へ出た。
それは子供用の棺であった。
白く、小さくて、そして表面に青で小鳥の意匠が施されている。
トーヤとミーヤは驚いて顔を見合わせた。
「お支度を」
そう言われ、髪に青いリボンを結んでやったフェイの体を棺に入れる。
白い棺の中に移ったフェイは、笑顔で、眠っているようにしか見えない。
「フタを閉じたら運び出して墓所で神官の祈りの後に埋葬します。お二人は墓所までは着いてこられませんのでこの部屋でお別れをなさってください」
「なんだと!」
トーヤが声を荒げた。
「なんで最後まで着いてってやっちゃいけねえんだ!」
「決まりなのです」
「どんな決まりだよ!」
「トーヤ様……」
ミーヤがトーヤの袖をそっと引いた。
「申し訳ありません、トーヤ様が違う国の方だということをすっかり失念していました。ご存知な気がして説明をしていませんでした」
「何をだよ!」
「この国では、小さな子供が亡くなると、家族は埋葬に立ち会うことはできないのです」
「は?」
ミーヤの説明によると、小さな子供が亡くなった時、墓所まで親兄弟や親しい人間が着いていくと離れるのがさびしくて戻ろうとする、その結果安らかに眠れず迷ってしまうので一定の日数は墓所に近付いてはいけないのだそうだ。
「なんだよそれ! 俺の国じゃあ、そんなこと聞いたこともねえぞ!」
「トーヤ様の国ではそうだったかも知れませんが、この国ではそうなのです……」
ミーヤが辛そうに言った。
「フェイは、身寄りがないようなものなので、今回は一番親しかったトーヤ様と私が家族の代わりということになりました。それで5日間は墓所に近付くことはできないのです」
「なんだよそれ……」
トーヤがフェイを振り返り見下ろす。
やはり微笑みながら眠っているようにしか見えない。
「ちび……」
トーヤが棺に近付くと縁に手をかけ、真上からフェイの顔を見下ろし、ゆっくりと顔を近付けた。
フェイの顔のすぐ近くでじっと顔を見る。
指を伸ばしてそっと頬に触れる。
冷たい。
「ちび……フェイ……こんなに小さいのに、1人でそんな場所に送り出せって言うのかよ……」
じっと見つめるトーヤの目から涙が浮かび上がり、ぽたりとフェイの頬に落ちた。
「……いやだ……」
またぽたりと涙が落ちる。
「いやだ、連れてかせねえ!」
勢いよくミーヤや侍女たちを振り向くその頬を涙が濡らしている。
次々と涙が流れ落ちる。
「トーヤ様……」
ミーヤの頬にも涙が流れて落ちた。
「こんな、こんな小さいのにこいつ、なんでそんなことできるんだよ! 1人でそんなさびしい場所に!」
もう一度振り向きフェイを見る。
「いやだ! 1人でなら連れていかせねえ、このままここに寝かせておく!」
「トーヤ様」
ミーヤがトーヤに歩み寄った。
「それは無理です……かえってフェイがかわいそうなことになります」
「どうなってもだ!」
「そんな無茶を、わがままを言わないでください」
「もう一回マユリアに、いや、シャンタルに会って頼む、フェイを生き返らせてもらう!」
「トーヤ様!」
「そうしてもらう!」
「トーヤ様……」
ミーヤの頬を涙が次々と溢れて濡らした。
「私だって、私だってできるものならそうしてもらいたい、でも無理なのです」
「無理じゃねえ! あいつらは神様じゃねえかよ! やってもらう、そうでないと俺もあいつらの手伝いなんざ金輪際無理だって言ってやる!」
「トーヤ!」
ミーヤがトーヤの頬を打った。
「しっかりしてください!」
「…………」
トーヤは頬を押さえることもせず呆然とミーヤを見た。
「しっかりして……」
ミーヤの頬を涙が滂沱として流れ落ちる。
「あなたが、あなたがそんな様子でどうします……フェイがどうすれば一番うれしいのか、それを考えてあげてください!」
言われてトーヤはまたフェイを見る。
「フェイ……」
もう一度頬に触れると、そのまま棺の縁に持たれるようにして泣き崩れた。
「フェイ、フェイ、フェイ……」
ただひたすらフェイの名前を呼びながらトーヤは泣き続け、しばらくして涙が途切れた頃にようやくフェイを運び出すことを了承した。




