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第8話 勇者の帰還

オーガを討伐したテネブリス達は治療と報告を兼ね、アルビオン帝国へ戻っていた。


 都市カルディア。アルビオン帝国の中央に位置する、この周辺で最も栄えた都市だ。

 マグヌス平野を隔てる城壁に周囲を囲われ、魔族や逆賊からの襲撃に備えた造りとなっている。

 大陸のほぼ中心に領土を構えるアルビオン帝国は、その立地の恩恵を受けて他国との交易が盛んだ。各国の特産物が定期的に手に入る活気漲る市場。各地に眠る貴重な鉱石を使用した装備品を作る鍛冶屋。ありとあらゆる施設が、この狭い都市に凝縮されている。


 そんな都市の内側には、中心にそびえる王宮まで続く大通りが幾つもある。石畳で見事に整備された大通りは、常に人と活気に満ち溢れている。

 その大通りに沿って商店や露天などが所狭しと立ち並ぶ。主に石材やレンガで建築された建物群は、この都市が豊かである証拠だ。整然と並ぶ街並みと賑わいを見せる人々の群れは、この地に訪れる者を虜にする事だろう。



 テネブリス達はそんな大通りから少し道を外れ、裏路地を選んで進んで行く。

 昼間ではあるが、その人通りは少ない。大通りと違い、立ち並ぶ建物は民家がほとんどを占めているからだ。

 ここに居住する人々は昼間は労働の為にそのほとんどが出払っており、空き家のように人の気配が無い。


 テネブリス達がそんな道を選んだのには理由がある。

 それは国の英雄である勇者が、筋骨隆々の大男――フェルムの背中に担がれているからだ。


 魔力の乏しい慣れない身体ですぐにオーガとの戦闘を行い、更には深手を負ったテネブリスは、歩くのもままならなくなっていた。

 仕方ないとは言え、人間に背負われるという屈辱的な仕打ちに、テネブリスはマグヌス平野からここに至るまでずっと不愉快極まりない顔つきだったのは言うまでもない。


 フェルムに担がれたまま裏路地をしばらく進んでいくと、王宮へ入る為の巨大な門扉が視線の先に姿を現した。

 石造りのしっかりとした柱に、重厚な金属でできた扉。その大きさも相まって、とても一人では開けられそうにはない。


 その柱の前に門番が二人、凛々しく警備にあたっている。市中ともあり、目立った装備はしていない。

 門番が勇者の姿を確認すると、驚きながらも扉の奥にいる衛兵へ合図を出した。


 すると大きな金属音と共に、重厚な門が開かれる。徐々に開かれる扉の隙間からは、奥に見える景色がゆっくりとその全貌を現していく。

 やがて扉が完全に開かれると、立派にそびえ立つ二つの白い建物が目に入った。

 

 一つは皇帝が居住するマグニフィカト宮殿。市内の建物とは一線を画す白を基調とした荘厳な造りは、その佇まいだけで居住する人物の地位が理解できる。

 そして、もう一つの華やかではない方、が勇者の為に用意されたパーニス宮殿だ。

 元は来賓用の宮殿だったが、サール皇子の助力で勇者の居住まいとなった。

 アルキュミー達も含めて、勇者一向はこの宮殿で居住している。

 

 見慣れた光景を視界に捉え、クラルスがテネブリスの身体を気遣う。


「聖殿まであと少しですから……」

「ふん……これぐらい……ぐっ」

「もう、無理しちゃだめよ!」

 

 テネブリスは鈍い痛みに耐え、顔を歪ませた。 

 神官であるクラルスは治癒魔法が使える。しかし、高度な治癒魔法は聖殿でしか扱う事を許されていない。その為、マグヌス平野からわざわざここまで運ぶ必要があったのだ。


 人目を気にしつつ無事、パーニス宮殿に着くと、入り口からそのまま応接間を抜けた先に併設された聖殿へと足を運ぶ。


 石畳がずらりと並べられた床、壁も天井も青白い石材で覆われ、その場所は空間全体がどこか冷たい雰囲気を醸し出していた。

 窓はなく、明かりは壁に取り付けられた燭台の灯火のみ。ぼんやりとした明るさが部屋を覆う。


 クラルスに案内され、フェルムは聖殿の真ん中にある石製の寝台にテネブリスを寝かせる。何かの儀式でもするのか、とテネブリスは不審に思った。

 そんなテネブリスをよそに、クラルスは粛々と魔法を詠唱する。


「聖位魔法――癒しの光(サーノ)

 

 テネブリスを中心に暖かな光が満ちていく。やがてその光は負傷した箇所へ潜り込んでいき、僅かの時間の経過と共にその傷は塞がっていった。

 そして、回復した自分の身体を確かめるようにすっと起き上がり、自分の掌を見つめる。


(勇者や神官等の聖なる力を持つ者しか使えない聖位魔法……やはり、さすがの効果だな)

 

「ふう……これで怪我の方は大丈夫のはずです」

「あとは記憶と……あのチュウニビョウの方か」

「ルクルース、あなたは……勇者ルクルースよね?」


 アルキュミーはテネブリスのいる寝台に近付き、心配そうな表情を浮かべながら尋ねる。その迫力はもはや質問ではなく懇願に近い。

 しかしテネブリスは腕を胸の前で組みながら、さも当たり前かのような口調で自身の名を告げる。


「何度も言ったはずだが……私は、テネブリス=ドゥクス=グラヴィ……」

「わ、わかったわ、もういい……」

「くそっ、聖位魔法でも駄目なのか……」


 アルキュミーは最後まで名乗らせまいと、右手の平をテネブリスの前に向ける。

 そしてフェルムも顔を歪めて悔しさを表した。


 静まり返った聖殿に、重苦しい空気が流れる。

 すると、聖殿の入り口に人影が見えた。

 その人影は、礼儀よく畏まった口調で声を出した。


「勇者様、失礼致します!」


 入り口で立ち尽くしたままの人影に対して、入室を許可するべくクラルスが代表して答える。


「どうぞ」

「はっ!」


 すると、何やら慌てた様子の近衛兵が現れた。しかしその仕草や振る舞いは、先の衛兵とは比べ物にならない程、上品で訓練されている。

 そして片膝をつき、頭を垂らしたまま要件を口にした。


「神聖なる禊の所、大変失礼致します! フェイエン皇帝陛下より、勇者御一行様にお申し付けがあるとの事です! つきましては至急、謁見の間にてご面会を頂きたく!」


 発せられたその内容に、アルキュミー達はお互いに顔を見合わせる。

 そして一拍の間を置いた後、アルキュミーが代表して返答した。


「わかりました、すぐに伺うとお伝え下さい」

「はっ!」


 アルキュミーの了承の意を聞くと、近衛兵はすぐさま退室した。

 その足音が完全に聞こえなくなるのを見計らい、フェルムがこの場にいる皆が思っているであろう疑問を口に出す。


「俺たちに急ぎで話しとは……何事だ?」

「先程のオーガの件、でしょうか?」


 近衛兵とアルキュミー達のやり取りを黙ったまま眺めていたテネブリスが、ここでやっと口を開いた。


「皇帝……か。貴様らと何の関わりがある?」

「あぁ、今のルクルースにはきちんと説明しておかないといけないわね。陛下と謁見の際に失礼があってもいけないし……」


 そうしてアルキュミーは、アルビオン帝国と勇者の関係を説明していく。


「大陸にある各国にはそれぞれ一人、国を守護する勇者が仕えているの。そしてこのアルビオン帝国にも、限られた聖なる力を持つ一族が代々勇者となって仕えていた。それがルクルース、あなたよ」

「それは知っている」

「えっ!? まさか、思い出したの!?」

「いや……気にするな」

「そ、そう…………まぁ、魔族や闇の勢力(ゼノザーレ)との争いで勇者の数は激減しちゃったんだけどね……」


 そう言ってアルキュミーは少し肩を落とす。紺碧の瞳には僅かに潤みが帯びていた。

 その姿を見て、テネブリスは淡い記憶に思いを馳せた。

 かつて、凄惨たる魔王として君臨していた時の記憶だ。


(そうだ……長きに渡る人間との争いは、双方に大きな被害と疲弊をもたらしていた。しかし、数多あまたの人間や魔族の死を糧にしながら闇の勢力(アイツら)は漁夫の利を得ていた。特に、十戒……奴の事を思うと、今でもはらわたが煮えくり返る……)


 いつしか険しい表情になっていたテネブリスの手を、アルキュミーが握りしめた。

 その表情は、聖母のような優しい微笑み。温かい温度がテネブリスの人間の手に伝わる。

 柔らかい手の感触に我に帰ったテネブリスは、石造りの寝台からさっと降り立った。


 身体の方はすこぶる問題ない。

 身体の内に燻る()()()()も、僅かではあるが感じたままだ。

 早く試したい。

 この魔力ちからの正体を、出処を確かめたい。

 

 そんなはやる気持ちを抑え、テネブリスは聖殿を後にする。

 

 そして四人は、謁見の間へと向かった。



今回の魔法辞典


・聖位魔法――癒やしのサーノ

聖なる魔力の加護を持つ者だけが使える魔法のひとつ。対象者に聖なる光を纏わせる事で、肉体的・精神的ダメージを癒やす。



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[良い点] レビュー全文 【物語は】 勇者と魔王の一騎打ちにより始まる。 本編に入ると、戦いの結果が徐々に解明されていく。そして、主人公は驚愕する、自分の置かれている状況に。名前を告げて周りに信じて…
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