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第62話 聖なる光

目の目に突然現れた紅髪の魔族。彼が現れてからというもの、魔族たちが奮起しだしたのは傍から見ていたアルキュミーたちの目にも明らかだった。

 と同時に、恐らく魔王テネブリスに次ぐ実力者――という事も瞬時に理解する。


「あの魔族のおかげ、と言っていいのかしら」

「……あれが噂に聞く第一魔臣、でしょうか?」

「あぁ、多分な。他の魔族とは格段に雰囲気が違う。アイツ……かなり強いぜ」


 フェルムの目に映るベリアルの姿。いつか見た魔王テネブリスに匹敵するような荘厳さ。そして灼熱をも感じるほどの力強く溢れ出る魔力。

 それほどの強者がこちらに牙を剥いてこなかった理由はフェルムたちには不明だが、まずは混沌とした状況が好転し始めた事に安堵するしかなかった。


「それにしてもすげぇな……」

「えぇ。敵にしたら手強いのは知っていたけど、やっぱり強い……!」


 アルキュミーは感嘆にも似た言葉と共に、アンデッドを大鎌サイスで次々となぶっていくベルフェゴールの姿を視界に入れる。

 しかし、獅子奮迅の働きを見せるのは彼女だけではない。

 強靭な体躯を駆使し、まさに獅子の如き迫力でアンデッドを拳ひとつで駆逐していくマルバス。中空に浮いたまま、多彩な魔法を操ってマルバスやベルフェゴールの背後を援護しているハーゲンティ。生き残っている魔族を指揮しつつ、大局を見据えるように転移魔法で戦場を縦横無尽に駆けるベリアル。


 ――圧巻だった。


 フェルムたちはただ眺めているだけで戦いが終わるのではないか、と思えるほどに。

 しかし、相手は死した亡霊(アンデッド)だ。腕を失っても、頭部が潰れても、脚が崩れ落ちても、その肉体に生者への敵意が宿っている限り、この場にいる全ての者を死へいざなうように彷徨さまよい続けるのだ。

 倒しても倒しても無数に湧いて出るアンデッドに、奮闘を見せていた魔族もいつしか疲弊していく。


「私も加勢したいけど……ここじゃ本来の力が…………」


 アルキュミーは暗雲に満ちた空を見て、表情を暗くする。

 職業スキル――幻惑する光魔法士(ホーリーソーサラー)。あらゆる光を自身の魔力に変換できる能力ちからだが、このような暗雲立ち込める曇天では、その真価は発揮できない。


「気にすんな、アルキュミー。お前は自分を守る事に専念してろ」

「……ごめんなさい」


 と言ったところで、剣士であるフェルムもアンデッド相手には分が悪い。

 一撃必殺の戦闘を得意とするフェルムでは、一撃で死ぬ事がないアンデッド相手には相性が悪すぎるのだ。この場で戦っている魔族たちのように、ただ疲弊していくのが関の山だろう。

 フェルムは鋭い目で戦況を睨んだまま、無造作に伸びた黒髪をかきあげる。そこへ、隣から決意を秘めたように力強い声が聞こえた。


「私の……出番ですね…………!!」


 清純を写したかのような純白のローブを着た神官。片側の少し尖った耳に翠緑(すいりょく)の長髪をかき上げている。前髪から覗かせる丸みを帯びた双眸には、髪と同じく翠緑の瞳が揺らぐことなく宿っていた。


「クラルス……!」

「相手が魔族じゃなくてアンデッドなら……私が一番、役に立つはずです!」

「それはそうだけどよ……数が数だ、いくら神官のお前でも――」

「フェルム。こういう時くらい、私にもあなたを……いえ、みんなを守らせてもらえませんか?」


 決意に満ちた瞳でクラルスに見つめられたフェルムは、思わず言葉に詰まる。信頼する仲間への眼差し。彼女の視線は、それを超えたような気持ちが滲んでいる。

 そしてフェルムは一拍置いて、諦めたように鼻で笑う。


「わかった……だが今も、これからも、俺がお前の事を守るのに変わりねぇ。それでも、今だけはクラルス……お前の力を貸してくれ」

「フェルム……!」


 アルキュミーは彼らのそのやり取りを、静かに微笑ましく見守る事に努めた。心の奥に感じる僅かばかりの切なさを、祝福を願う気持ちで抑えながら。


「クラルス! じゃあ、頼むわね! 援護は私とフェルムに任せて!」

「はい! では、いきます! 聖位魔法――輝浄ミコー!!」


 クラルスが持つ錫杖ロッドから、暖色の聖なる光が輝き出す。

 邪悪を払い、悪しき心を浄化させる柔らかな光。それを受けた数体のアンデッドは、塵になって消失していった。


「さすがね! クラルス!」

「え、えぇ……でも、まだまだ……!」



 ――その後、幾度となく聖位魔法を使い、少しずつだが確実にアンデッドを浄化させていく。

 だが、ただの神官であるクラルスの魔力の疲弊は想像以上に著しかった。聖位魔法の使用には、人位魔法の数倍以上の魔力が消費される。なおかつ、聖位魔法は複数体に向けた魔法ではなく、単体用の魔法が主だ。

 未だ無数に存在するアンデッドの大軍。それらを浄化する為には――――。



「はぁ……はぁ……はぁっ……うっ…………!」

「お、おいっ! 大丈夫かクラルス!?」

「い、いえ……あと少し、もう少しだけなら……!!」

「でもよ……!」


 積み重なった疲労がどっと押し寄せ、クラルスは錫杖ロッドにつかまって立つのがやっとだ。そんなよろめく華奢な身体を、フェルムは逞しい腕で支えた。

 今まで見せた事のないような心配そうな表情のフェルムに、クラルスはつい口元が綻ぶ。しかし仲間の為に、そして大事に想う人(フェルム)の為に奮闘してきた身体は既に限界だ。


(そんな顔をされたら……私は――――――)


 胸に湧く温かい気持ち。その感情は疲労困憊のクラルスの身体を、あともう少しだけ動かす事を可能にさせた。


(これが、最後になるかもしれない。でも私は、あなたの為なら――――)


 フェルムの腕を解き、クラルスは一歩前に出る。そして精一杯の笑顔を作って、ゆっくりと後ろを振り向いた。そこにいる彼に向けた言葉はない。もはやいらない。

 数秒、視線を交わすと、クラルスは未だ群れをなすアンデッドに視線を向け直した。


「汚れなき大地よ……聖なる鎮魂と慈愛の抱擁にて、彷徨える亡者を導き給え。聖位魔法――――――聖域サンクトゥス



 詠唱の後、大地に現れたのは光り輝く大きな魔法陣。その紋様は複雑だが、芸術的な美しさをも秘めている。直後――――その魔法陣から清らかな白が瞬いた。



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