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第61話 混沌の魔境

 太陽が存在しているのかを疑いたくなるほどの曇天。その直下では、大軍ひしめく魔族と数人の人間が今もなお争っていた。

 数千を超えていた魔族は、いつしかその数も半分ほどになっている。しかし形勢は大きく変わらない。というのも、魔族を指揮している七魔臣ハーゲンティがいまだに健在だからだ。


 第二魔臣であるハーゲンティの実力はベリアルに次ぐ。膨大な魔力と、多彩な魔法を絡めた攻撃は他の追随を許さない。

 しかしそれに唯一対抗できるのが、ここで相対している妖艶な姿の魔族。テネブリスから第三の地位を与えられ、魔力に対する絶対的な攻撃性能を持つ女――ベルフェゴールだ。


「そろそろいい加減、諦めたら? いくらハーゲンティでも、ワタシにとって魔法はエサにしかならないわ」

「お主に譲れないものがあるのと同様に、ワシにも退けぬ理由がある。ここでお主らを迎え撃つのがワシの役目。七魔臣である以上、与えられた役割を確実に遂行する事こそがワシらの存在価値……そう教えたはず」

「そんな事言われなくてもわかってるわよ。でもワタシは……テネブリス様からのご命令以外、まったく聞く気はないわ。ワタシ達の存在価値は全てテネブリス様あってのもの…………それを忘れたのかしら?」

「ふん……ワシが仕えるのはテネブリス様個人ではなく、魔を統べる王だ。魔王が変われば、その忠誠も変わるのは必然。お主にはそれが理解できんか」

「全っ然、理解できないわね。貴方もそうでしょう? マルバス」


 ベルフェゴールの隣で屈強な体躯を構える獅子の獣人、マルバスは大きく頷く。

 彼の果てなき忠誠もまた、魔王という地位ではなくテネブリスという個人に向けられたものだ。


「ふん……らちが明かんのう。もうよい、霊位魔法――――!?」


 ハーゲンティが魔法を詠唱しようとした直後、魔境の大地が地響きを伴いながら大きく揺れ動いた。

 それと同時に空の曇天は一層暗く黒くなり、まるで闇夜に覆われたかのようだ。

 突如として起こった異変。それに気づいたのは彼らも同じだった。


「クラルス! アルキュミー! 無事か!?」

「え、えぇ……でも、なんだかとても邪悪な気配がします……!」

「邪悪!? それって――」


 フェルムたちと戦闘していた数々の魔族たちも、魔境に起きている異様さに自ずと動きを止める。

 そして()()()は、けたたましい呻き声と共に地中から現れた。


「ウオォォォォォォォ!!」


 この地で死んだ魔族の亡霊――アンデッドだ。

 朽ちた肉体に生者への憎悪を宿している。やがて、辺りに倒れている死んで間もない魔族の死体たちも続々と動き出す。

 動き出したアンデッドたちはこの場にいる生者――人間も魔族も含めて――たちに向かって、悪意を振り回す。問答無用の死への誘いだ。


 突如とした起きた混沌に、ベルフェゴールとマルバスは動揺を隠せない。焦りながらもハーゲンティに疑いの目を向けた。


「ちょ、ちょっと! ハーゲンティ! 貴方まさか……闇の勢力(ゼノザーレ)に……!?」

「い、いや……ワシは知らん! 一体どこの誰が…………いや、もしかしたら……」

「何よ!? 勿体ぶってないで早く答えなさい!」

「何の確証もないが…………死の王の……復活…………!?」


 ハーゲンティが恐る恐る口にした言葉に、マルバスは言葉を失う。

 七十年前、テネブリスが倒したとされる死の王。無数のアンデッドを従え、あらゆる生者を憎む世界の敵。そんな存在が復活したとなれば、事態は混迷を極める。


「ハーゲンティ……もはや儂らが争っている場合ではないのではないか?」

「むぅ……」

「ちょっとマルバス! その死の王ってのはそんなにヤバい奴なの!?」

「勇者ルクルースと並び、テネブリス様に唯一対抗できるであろう存在だ。いや、もしかしたら……その力はテネブリス様を凌いでいるかもしれん……」


 マルバスの言葉に、ハーゲンティは無言で頷く。

 七魔臣として長い経験を有するハーゲンティが同意しているという事は、マルバスの推測もあながち間違っていないという事――と、ベルフェゴールは理解した。


 そうしている間にも、アンデッドの群れは魔族たちに牙を剥く。

 屈強な身体を持つオーガやタイタン、サイクロプス。彼らをもってしても、痛みなど感じない無数にひしめくアンデッド相手には手を焼いている。

 挙げ句、この場で死んでいったばかりの同胞たち。それが憎しみをもって襲いかかってくるのだ。


 まさに混沌――――魔族の軍勢の士気は急激に低下する。

 誰が敵なのか、これからどうすべきなのか――今、この場に必要なのは彼らをひとつにまとめて指揮する存在だ。

 だが、それを可能とする魔王はここにはいない。もし、いるとするなら――――



 すると、魔境の中心に紅い魔法陣が現れた。

 この場にいる者全ての視線が、それに集まっていく。やがて熱気を帯びた光の粒子が弾け、魔法陣が消失する。

 そこに残っていたのは、すらりと伸びた恰幅のある薄青色の肌をした男。全身には幾つもの傷跡が刻まれている。胸の辺りまで伸びた真紅の髪をなびかせ、その男は四つの金色の瞳で周囲の様子を窺った。


 間もなくして、事態を把握したその男は人位魔法――意思伝達テネキスによって、全ての魔族に力強く告げた。


「我らの敵は、この場にいるアンデッドだ! 迷うな! 戦え! 生きてテネブリス様への忠義を尽くせ!!」


 その言葉を受けた魔族たちは、次々に雄叫びのような声を上げた。混乱に静まり返っていた魔境に、一気に士気が満ちていく。

 しかし唯一、未だに感情が燻っている者がいた。


「ベリアル……何故…………」


 ハーゲンティは黙ってうつむき、回顧する。


 勇者との一騎打ちのあと、ビフロンスが確認したというテネブリスの死。それを受けたハーゲンティは、ベリアルと共に深く悲しみに暮れた。

 その後、ビフロンスに半ば押し切られる形でベリアルを次期魔王に据えて、テネブリスを討った勇者ルクルースを倒す事を決めたのだ。

 なのに、ワシは――そんな思いがハーゲンティの胸に湧く。


 そこへ、魔法陣から現れたベリアルが近づき、肩にぽんと手をかけて彼だけに聞こえるように呟いた。


「俺たちが真に討つべき相手……それはビフロンスだ」

「なっ……!?」

「奴こそがこの事態を仕組んだ張本人……いわば、()()


 ハーゲンティは唖然とする。

 確かにビフロンスは不気味な所が多い存在ではあったが、まさか謀反を起こすなど七魔臣の間では到底考えもしない事だ。そんな思いもよらぬ事実を受けたハーゲンティに対して、ベリアルは更なる事実を告げた。


「そして――――テネブリス様は生きておられる。忠義を示せ」


 百年に渡り魔族を統べてきた絶対的な魔王が生きていた。そしてこの混沌とした状況を仕組んだのが本当にビフロンスであるとするなら――――ハーゲンティはどこか腑に落ちたようにゆっくりと俯いた。そして、確かめるように問う。


「ベリアル……信じてもよいのか?」

「信じるべきは俺ではない、テネブリス様だ」

「…………ふむ、なるほど。ではまず…………このアンデッドの大軍、さくっと蹴散らせるとするかの」


 ハーゲンティは枯れ枝のようやスタッフをアンデッドの大軍に向け構える。

 この場にいる魔族たちにもう迷いはない。各々が奮起し、大挙するアンデッドを蹴散らしていく。今もなお、どこかで孤独に戦っているであろう敬愛する主の為に。


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