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第5話 初陣

「何をぼうっとしている。さっさと案内しろ」


 テネブリスは地面に座ったままの冴えない兵士に発破をかける。

 この一声で我に返った兵士は、顔を引きつらせて立ち上がった。


「こ、こっちです……」


 先程までの薄汚い笑顔は跡形もなく、どこか悲愁漂う足取りで歩き出した兵士の後ろをテネブリス達も追従する。

 以前であれば魔法や翼を使って飛ぶ事も出来た訳だが、今は生憎あいにく人間の姿だ。歩いて移動する、という久方ぶりの行動に、自分がもう魔王ではないのだという現実を実感するのだった。


 すると、マグヌス平野に差し掛かった途中でアルキュミーがある疑問を口に出す。


「でも、いきなりオーガが現れるなんて……やっぱり何か変ね」

「あぁ、しかも何もない平野に突然、とはな。まさか魔族が何か企んでたりしてな……」


 アルキュミーとフェルムの会話を耳に入れたテネブリスも、脳内で考察を巡らせる。


(確かに急に現れた、というのは引っ掛かる。オーガのような下級魔族では、転移の魔法は使えない。そもそも転移魔法は限られた才のある者しか扱えない上級魔法だ。となると、第三者が手引きした? ならなぜオーガのような雑魚を……)


 腑に落ちない点が幾つもあり、謎は深まる一方だった。

 そこでテネブリスは考えを改める。

 

(まずはオーガに接触し、私――凄惨たる魔王、テネブリス=ドゥクス=グラヴィオールが存在している事を伝える。一端いっぱしの魔族なら、この名を聞いただけで確実に何らかの反応があるはずだ。その出方を見て、オーガの正体を探る)


 何もわからない状態で考えばかりが先行しても無意味だ。起きた事実に適切に対処していけば、自ずと真実に辿り着ける。

 そう自分に言い聞かせたテネブリスは、無言のまま歩いていく。



 歩き始めてしばらくして、視界に広がる景色が変わった。

 乾いた地面と時折吹くそよ風が、ここがマグヌス平野である事を告げている。

 しかし、かつて支配していたあの時の光景はもうここには無い。

 荒れた大地と生命の痕跡を感じさせない殺風景な景色が、数日前の余韻を僅かに感じさせるだけだった。


 変わり果てた平野を横目に入れていた時、先頭を進んでいた兵士が足を急に止めた。兵士は小刻みに指を震わせながら、ある方向へと指を差す。


 その先には、ぼんやりと四体の大きな影が見えた。あれがオーガであろう事は、誰の目から見ても明らかだった。

 その影が次第にはっきりと形を現した途端、怯えたような口調で兵士が口を開く。


「あっ、あれです! アイツらです! も、もう私はよろしいですか! よろしいですよね!?」


 兵士は必死の形相で、この場を去りたい事を暗に伝えてくる。

 あまりに滑稽な兵士の懇願に、テネブリスは顎をしゃくるだけで答えた。

 意味を読み取った兵士は途端に明るい表情になり、ここまで来た時の足取りとは思えない速さで、あっという間に来た道を戻っていった。


(ふん、よっぽど己の命が惜しいか。どの道、あのような虫ケラなど、放っておいてもいずれ死ぬ)


 冷酷な目で兵士を見送ると、視線を変える。

 向けた先は前方のオーガ。

 その巨体には、鮮やかな色を残した返り血がびっしりと付着していた。

 衛兵からの話によると、あの兵士の同僚がこの近辺にいたらしい。つまり、おおよそあの血の正体は推測できる。


 それを察知したアルキュミーは眉をひそめる。


「一足来るのが遅かったわね、残念だけど…………クラルス、祈りを」

「ええ、わかりました」


 アルキュミーに頼まれ、クラルスは両手で持った錫杖ロッドを胸の前で掲げる。


(まつろ)わぬ魂よ、安らかなる祈りを以て、正しき在り処へ還り賜え」


 神官が行う死者に対する祈り。

 錫杖ロッドから聖なる白い光が湧き、死者の魂が浄化されていく。


 人間は死して魂となるが、その魂が正しく浄化されないでいると、負の命へと還元し闇の勢力ゼノザーレと呼ばれるアンデッドへ堕ちていくことがある。

 闇の勢力は生きとし生ける者全ての敵。その邪悪な存在は、人間だけでなく魔族でさえ手を焼いていた。

 ちなみに、魔族を統べる魔王テネブリスと闇の勢力を束ねる『死の王』とは浅からぬ因縁があるが、現在では当人しか知らぬ事だ。



 つまるところ、死して闇の勢力に堕ちぬ為に、神官や勇者等の聖なる魔力を持った者は、死者に祈りを捧げて魂を在るべき場所へ正しく連れていく義務を背負っているのである。


 クラルスの祈りが終わると、醜い顔がハッキリと見える距離までオーガが巨体を揺らしながら近づいてきていた。


 数は四体、奇しくもこちらも四人。

 テネブリスは分散して事に当たるのが妥当と考えた。それには一つの思惑もある。

 オーガと接触するにあたって、一人の方が都合がいいからだ。それに、一対一の方がオーガも警戒感を薄める事だろう。


「ちょうど四人いることだ。一人一体といこう」

「えっ!? ルクルース……大丈夫なの!?」

「……何がだ?」

「あなたの身体の事よ! まだ万全の状態じゃないんでしょう? いくら相手がオーガだからって舐めてかかると……」


 そこまで言ったアルキュミーの言葉を遮るように、テネブリスは鼻で笑う。そして腕を組み、自信に満ちた表情で語る。


「何……たかがオーガごとき、肩慣らしにもならぬ」

「俺は別にタイマンでも構わねぇが、クラルスは大丈夫か?」

「私も平気です! オーガ相手なら戦えます!」

「フェルム……クラルスまで……。もうっ、わかったわ。じゃあ別れて相手をしましょう。みんな無茶はしないでね!」


 アルキュミーの言葉を合図に、テネブリス以外の三人はその場を離れていく。残ったのはテネブリスと、醜悪な笑みを浮かべた魔族オーガ

 

「さて……」


 横目でアルキュミーらが戦闘を開始したのを見計らい、標的を見定める。そして荘厳たる手振りを交えながら、高らかに名を名乗った。


「私は凄惨たる魔王、テネブリス=ドゥクス=グラヴィオールである!」

 

 ――オーガの反応がない。


(魔族の軍勢ではないのか……? なら一体……)


 テネブリスとオーガの間には乾いた風が吹いている。その風にゆられ、煌めく銀髪がなびく。

 束の間の沈黙が流れた後、オーガはその醜悪な顔面に笑みのようなものを浮かべた。


「オ前ガ魔王……? ソノ姿デ、何ノ冗談ノツモリダ」


 テネブリスは顔を顰めた。

 オーガの知能は低い。果たしてどこまで話が通じるか、という不安に駆られる。

 しかしオーガの言う事も一理ある。

 現在のテネブリスの姿は、どこからどうみても勇者ルクルースであるからだ。

 自分自身でさえ理解できない状況を、オーガ如きに正しく伝えられるのか。

 そんな一瞬の気の迷いが、テネブリスの行動を遅らせた。


 気付くと、オーガは興奮した様相で向かってきていた。

 ただ力に任せた突撃。しかし、その巨体に見合わぬ速さは、テネブリスの回避を困難にさせる。


(少なからず予想はしていたが仕方あるまい……。まずは力の差を見せて黙らせるのが先か)


 オーガが眼前に迫る中、勇者の姿をした魔王テネブリスの初陣が幕を明けた。

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