第33話 決裂
「帝国兵士団……!? なんでこんな所に!?」
アルキュミーが驚きの表情で疑問を口にする。
その疑問は当然だ。国を守護する勇者に対し、帝国兵士団は皇帝を守る存在だ。
皇帝を守る立場の者たちが、その傍を離れこんな平野にいる事自体、由々しき事態である。
何か緊急を要する事態が起こったのか、とアルキュミーは焦燥した。
そう思ったのはフェルムとクラルスも同じだったようで、二人とも眉を曇らせる。
するとテネブリスがさっと荷車から降り、馬車の前で腕を組み仁王立ちをする。次第に迫ってくる騎兵団を、正面から見据えた格好だ。テネブリスのあまりに堂々とした態度に、アルキュミー達は僅かに安堵の様相を浮かべる。
「ほう、確かあれは帝国の……」
そこまで呟き、瞬時に思考を巡らせた。
奴らがわざわざマグヌス平野にまで赴いた目的は何か。もしや、ついに勇者の身体に宿る魔王の意識に気付き、兵を寄越したのか。考えられる可能性は少なくないが、多くもない。
ただ一つ分かっている事――それは、何の目的であったにせよテネブリスにとっては些細な事でしかない、という事だ。
テネブリスが高らかに宣言した”愚かな国を滅ぼし世界を救う”という大いなる目的。
救済を掲げた邪悪で残虐なる思想は、未だ心に強く宿っている。
そしてその救済の対象に、アルビオン帝国も含まれている。
つまり帝国の愚かな人間は元より殺すつもりなのだ。ここであの騎兵団を全員殺してしまっても、順番が多少前後してしまうだけに過ぎない。
故に、奴らの目的など知ったところで何も問題はない。だが万が一、という事もある。情報収集の為に、せめてここへ来た目的だけでも聞いておく必要はある、そう判断したテネブリスは一歩前に出た。
そこへ、馬から降りた全身が真っ白に染められた全身鎧の人物が歩み寄ってきた。腰の左右には魔装具によって装飾された小剣が収められ、胸の中央部には国旗のような紋章が見事に彫刻されている。
見るからにこの者が騎兵団を率いる人物、とテネブリスは察知し鷹揚に口を開いた。
「用件くらい聞いてやろう。手短に話せ」
「私はアルビオン帝国帝国兵士団団長、シーベン=ノワイヤという者だ。皇帝陛下より勅命を受け、この場に馳せ参じた次第。勇者ルクルース……貴殿には、帝国への出頭命令が下されている」
全身鎧の人物――シーベンは淡々と用件を告げる。彼の表情は兜によって覗うことができないが、その口調からは強い意思を感じ取った。
「出頭……か。はて、私が何かしたか?」
「…………」
テネブリスの問いにシーベンは無言で答える。
そのやり取りを馬車の横で見守っていたアルキュミーは何か思い当たる事がないかと、必死に記憶を辿る。そしてそれほど時間もかからずに、一つの出来事が頭に浮かんだ。
「もしかして……風の英雄と手合わせしたのがバレたのかしら…………!?」
「げっ、まじか……でもそれは昨日の事だぞ!? いくらなんでも早すぎやしないか!?」
確かにフェルムの言う通りだ。いくらなんでも、昨日の日中に起きた出来事に対して、遣いを寄越すのが早すぎる。しかし出頭しろと言われるまでの事態というのは”他国の勇者と争ってはならない”という帝国が定めた戒律を破った事、それ以外に思いつかないのも事実。だが、どこか腑に落ちない。
言葉にならない違和感と不安を覚えたアルキュミーは、思うがままにテネブリスの横へと近づき、全身鎧の男に物申した。
「ルクルースが何か良からぬ事を働いたのであれば、私が代わりに謝罪します! だからせめて……せめて出頭しなければならない理由だけでもお教え下さい!」
「……貴殿には関係ない。出頭命令が下されているのは勇者ルクルースだけだ。邪魔をするなら貴殿も、反逆罪の罪人として出頭する事にはなるが」
「そんな……!」
シーベンから冷たく告げられた言葉に、アルキュミーは動揺して紺碧の瞳を震わせる。
その様子を見ていたテネブリスは、ある事に気付く。
「貴様も、と言ったな? それはつまり……私が反逆者という事かね?」
「…………用件は伝えたはずだ」
シーベンは有無を言わず、ただ命令通りに皇帝からの勅命を実行する。
求めている返答を幾度となく得られなかったテネブリスは、腹の底に静かに業を煮やした。
反逆者――実に不愉快。
人間に、それも愚帝に忠誠を誓った覚えは微塵もない。愚かな人間の分際で支配者を気取り、真に有益な者に不利益を被らせる。それが人間の愚蒙たる所業なのだ。
そのような愚帝に忠誠を誓う者もまた、愚かな人間の一人である。
そう、愚かな人間はこの世界に必要ない。
そして――――テネブリスは静かに右手を前方に付き出した。
するとその瞬間、シーベンとテネブリスを遮るようにアルキュミーが割って入った。
両手を横に大きく広げ、まるでテネブリスを庇うような突飛な行動。
「ルクルースは反逆者なんかじゃありません!! 戒律を破った事は謝ります……でも! 彼は魔族から王国を助けたんです! 帝国だけでなく、世界を救うと言ってくれたんです!! それに……それに…………」
アルキュミーは震える声でシーベンに向かって叫ぶ。
対する人物の表情は兜によって読み取れないが、ただ静かにその叫びを聞いていた。
その叫びを静かに聞いていた人物がもう一人いる。震える彼女の後ろ姿を見つめていたテネブリスだ。しかしその表情は、毒気を抜かれたように唖然としたものだ。
そんなテネブリスの両隣に、ガタイのいい男と翠緑の瞳を持つ女がそっと現れた。
ガタイのいい男――フェルムはテネブリスの肩にぽんっと手を乗せ、その逆に立った女――クラルスは大きな瞳を潤わせつつも優しい微笑みを投げかける。
それはまるで、俺も、私も、アルキュミーと同じ気持ちだ、とでも言わんばかりの仕草。
そんな彼らにテネブリスは再び思う。人間とは本当に愚かだ、と。
だがその口元は先ほどとは違い、僅かに緩んでいたが。
どの道、拒否しようがどうしようが出頭するのに変わりないのであれば、答えは一つしかない。テネブリスは前に立つアルキュミーの肩をぐっと押し退け、一歩前に出る。いつまでも人間の女に庇われている訳にもいかない。
そして不遜な笑みを浮かべ、シーベンに向かって答えを言い放った。
「あいにく、私にはやらねばならん事がある。どうしても私を連れて行きたければ、無理矢理にでも連れて行くんだな」
「……了解した」
シーベンはテネブリスの返答を一拍おいて飲み込み、両腰に差している小剣に手をかけた。その所作を確認したのか、彼の背後に待機している十名の兵士達も同様に剣を構える仕草を見せる。
すると、時を同じくしてテネブリスの背後からアルキュミーの呻き声が聞こえた。
「ちょっと待っ……っうぅ!!」
テネブリスは慌てて振り返る。
そこで目にしたのは、腹の辺りを背後から鋭利な刃物で貫かれたアルキュミーの姿だった。みるみるうちに紺碧のローブが血に染まっていく。
アルキュミーの視線はテネブリスの蒼い瞳から逸れる事なく、やがて地面にどさっと身体を落とした。
崩れ落ちた身体の後ろに立っていたのは全身が黒で覆われた装束姿の人物。顔には表情を隠すように歪な形状の仮面を着けていた。
真っ黒の籠手を嵌めたその手には、鮮血が滴る刺突剣が握られている。
「あーあぁ……親譲りの哀れな女だ」
突如現れた黒装束の人物は、自ら手をかけたとは思えない他人行儀な物言いで呟いた。その表情は仮面の下に隠されているが、嘲笑っているのは間違いない。
重苦しい空気が場を支配する。
突如現れた黒装束の人物と、崩れ落ちた仲間の姿に、テネブリス達は時間が止まったかのように動けないでいた。




