第27話 光の魔法使い
アルキュミーは、視線の向こうに微かに見えた惨状を見て心を痛めた。
つい数時間前までは、住民達の穏やかな表情が並ぶ、いかにも平和な街並みだったはずだ。
それが今や、大多数の建物は無残にも崩れ去り、おそらく子供であろう泣き叫ぶ声が辺りにこだましている。今朝、皆で食事を取った料理屋のある付近からは、次々と火の気が上がっていた。
そこでふと、アルキュミーの脳裏にある光景が過る。
魔族の襲撃によって壊滅状態になった国、ウルグスだ。
この国――アグリコラ王国も、一歩間違えばあのような悲惨な結末を迎えていたかもしれない。そう考えると、アルキュミーはぎゅっと唇を噛みしめた。
(そうならない為に、ルクルースが……私達がいるんじゃない……!)
そんな思いを抱きながら、対峙している影に潜む狼を見据えて、アルキュミーは静かに闘志を燃やした。
(相手は狼……ヘルハウンドみたいに接近戦が得意なタイプのはず。魔法で距離を取って戦えば……!)
アルキュミーは杖を握りしめる。
そして魔力を流し込むと、先端に取り付けられている魔装具が赤い輝きを放って反応する。
杖をかざし、魔法を詠唱しようとしたその時、影に潜む狼の姿が忽然と消えた。まるで、始めからそこに存在していなかったように。
(……消えた!? どこに!?)
慌てて周囲を見渡す。しかし見えるのは、自分と同じく黒い狼と戦っている仲間の姿と、七魔臣と激しい争いを繰り広げている彼の姿だけだ。
アルキュミーは素早く首を振り、警戒を強める。そこへ、急に現れた黒い影が背後から迫った。
(後ろ!?)
背後から飛び掛かる影に潜む狼。だが、その奇襲は成功しなかった。
黒い影がアルキュミーに近づいた瞬間、手に持つ杖が赤い輝きを煌めかせる。それは敵の攻撃に反応し、透明な魔力の壁を作った。
というのも、この魔装具は魔力を込めた時に、ある魔法を自動的に付与してくれる。
人位魔法――外套。
影に潜む狼の攻撃は見えない壁に阻まれ、魔法の効果によって弾き返される。そしてたじろぐように、距離を取った。
(はぁ……危なかった。ルクルースに貰った魔装具がなかったらやられてた……! でも!)
アルキュミーは再び杖を掲げ、魔法を詠唱する。
距離を取った今が、魔法を放つ絶好の機会。
標的はまだ視界に映っている。
「人位魔法――爆花!」
黒い影がいた場所に、小さな爆発が起こった。
橙色の火花と閃光は、まるで一輪の薔薇が開花したかのような美しさすらある。
煙と粉塵が風に流れると、その場には爆発で削られた大地のみが残っていた。
(……消えた!? それとも……)
すると突然、アルキュミーの左肩の辺りに刺されたような激痛が走った。
顔を顰めながら横目で痛みの場所をちらりと見ると、影に潜む狼が自分の肩に噛みついていた。その鋭利な牙は、肌に深く刺さっている。
アルキュミーは痛みに表情を歪めながら、必死に抵抗を試みる。しかし影に潜む狼の牙は深く刺さったまま離れる気配はない。
痛みを堪える為に、思わず、うぐぅぅと唸り声のような声が出る。
しかしここで、アルキュミーはある事を思いつく。
(うぐっ…………噛みついた状態だったら、どこにも逃げ場はないはず。至近距離で魔法を放てば……一か八か、やってみる価値はあるわね)
アルキュミーは歯を食いしばりながら、魔法を詠唱した。
「人位魔法――蒼光……!」
標的は自身の肩にいる魔族。杖から放たれた青い光は、アルキュミーの目の前でまばゆい閃光となった。
その光を一身に受けた影に潜む狼は、逃げるように姿を失っていく。そして、肩を襲った痛みの元凶は再びどこかへ消えていった。
(ぐっ……き、消えた? ――――そうか! あの魔族は、影そのものなんだわ。だから、影のある背後ばかり狙って……)
敵の能力を予想したアルキュミーは、杖を強く握り直した。
瞳と同じ紺碧のローブ。肩の辺りは出血によって黒味を増している。
そのローブにかかる金色の長髪を手で払い、ふわりと風になびかせた。
アルキュミーは、小国の姫君のような美しさを漂わせた普段の様子とは打って変わり、その瞳には強い意志を秘めていた。
(やってやるわ、影に潜む狼! 次に姿を現した時が私の勝ちよ!)
アルキュミーは、ふっと小さく口角を上げる。
そして、影に潜む狼を倒す為の布石を打つ。
杖を右手で曲芸のようにくるくると回転させ、太陽のある上空に向けて掲げた。
職業スキル――幻惑する光魔法士。
あらゆる光を、自身の魔力に変換できる能力。その力が完全に発揮されるのは、現在のような太陽光の下での戦闘時だ。
降り注ぐ膨大な光を全て魔力に変換すると、杖は緋色に煌めきだした。
そして、アルキュミーは満を持して魔法を詠唱する。
「空に贖う七つ星。星羅雲布の慈悲を以て、禍つ罪人を導き給え。天位魔法――星の輝き」
天位魔法以上の魔法行使には、術式詠唱が必要である。
通常の魔法行使よりも大きく隙が生まれるその姿は、傍から見ると完全に無防備だ。
しかし敵を誘うには絶好の機会。言い換えれば、敵もこの機会を逃す訳がない。
その思惑通り、アルキュミーの背後から黒い影が迫ってくるのを感じた。
(来た……!)
影に潜む狼がアルキュミーの首を噛み千切ろうと飛び掛かる。
だが、既に反撃の魔法は放たれている。
上空には、この広場を覆うほどの光り輝く無数の球体が浮かぶ。その様は、まさに白日に浮かぶ満天の星空。
黒い影がアルキュミーに触れようとした刹那、満天の星空が目も眩むほどの輝きを放つ。その輝きはアルキュミーが《《敵》》と認識した魔族のみを的確に補足し、その動きを完全に停止させる。
そして空中に浮かぶ無数の球体は集結し、三つの大きな光り輝く剣となった。
その剣は光の速さで、動きを停止させた三体の影に潜む狼を貫く。抵抗も回避の暇も無い一撃必殺。
影に潜む狼は成す術も無く、その命を終わらせた。
「アルキュミー! お前がやったのか……!」
「え、えぇ。ちょっと気合が入りすぎちゃったかのしれないわね、ははっ……」
アルキュミーは負傷した肩を手で庇いながら、フェルムに対して苦笑いを浮かべる。
そこへ少し遅れてクラルスも駆けつけた。
「アルキュミー! そのケガ……大丈夫ですか!?」
「え? あ、あぁ……うん、これぐらい大丈夫よ。それに…………まだ戦いは終わっていないわ」
仲間と顔を合わし、やや緩んだ表情だったフェルム達だったが、アルキュミーの言った台詞を聞いた途端に、その表情を再び真剣なものに戻した。
そう、まだ倒すべき敵が残っている。
平和なこの国を突如として襲った悪の権化、七魔臣。
その忌まわしき魔族を倒す為に、彼は――勇者ルクルースは、今もなお戦っているはずだ。
彼の雄姿を見届けようと、辺りを見渡すが見当たらない。
どうやら七魔臣との激しい闘いで、いつしかここから戦闘の場を移していたようだ。
(ルクルース……どこなの? 無事なのよね……?)
すると、広場の向こうから大きな音が聞こえた。そこは広大な農作畑が広がっている場所。
アルキュミー達は急いでその方角へ向かう。
走る度に負傷した肩がずきずきと痛むが、今のアルキュミーにとってそんな事はどうでもよい事。ただ、彼の無事の祈るのみだった。
広場を抜けると、目の前には広大な農作畑が広がっている。黄色く実る稲穂は、そのほとんどがなぎ倒され、地面には幾つもの窪んだ穴が出来ていた。
入国した時とは真逆とも言えるその光景は、勇者と七魔臣の戦いが熾烈なものだった事を物語っていた。
そんな変わり果てた畑の真ん中で、アルキュミー達は七魔臣だと思われる巨体を発見する。だがその姿は、汚泥のような表皮ではなく、短い体毛に覆われた筋肉質な体躯に変化していた。
七魔臣は、強靭で長い前腕を前に伸ばしている。よく見ると、その手には何かを掴んでいる様子だった。
アルキュミー達は目を凝らす。その後、目を大きく見開き――絶句した。
そして、七魔臣がその腕に掴んでいる正体を口にする。
「ルクルース……!?」
不敵に笑う七魔臣。
勇者の姿をしたその人物は、その首元を強靭な腕に掴まれ宙に浮かされていた。




