第24話 激突
勇者は泰然自若とした態度を崩さない。
キンダーバルクを敵として見ていないのか、それともただの慢心なのか。
その凍てつくような表情からは、何も読み取る事ができない。
キンダーバルクは勇者《敵》を見据え、頭の片隅で思考を巡らせる。
なぜ種族スキル――咆哮が効かなかったのか。
勇者と相対したのは今回が初めてであるにも関わらず、だ。
(魔法で防御した? それとも何か別の能力が? むぅ……ともかく、一刻も早くグラシャラボラス様に報告しなければ……)
キンダーバルクは一歩退き、機会を窺う。
対する勇者は、ゆっくりとした歩調でじりじりと距離を詰めてくる。
縮まらぬ両者の距離。緊張感と共に時間だけが過ぎていく。
だがここで、ふと疑問が生じる。
(おかしい……なぜ攻撃してこない? 何かを待って……いや、カウンター狙いか? むぅ……しかし攻撃してこないならば好都合。この隙に報告を……)
意を決したキンダーバルクは白い翼を大きく広げ、上空へと一気に飛び立つ。
その行動を目にした勇者は、ほぅ、と感嘆したかのような表情を見せる。
だが追ってくる気配はない。
今が好機、とキンダーバルクは魔法を発動する。
人位魔法――意思伝達。
彼の方との魔力の繋がりを感じた後、脳内に例の如く機嫌の悪そうな低い声が響いた。
(なンだぁ……キンダーバルク)
(グラシャラボラス様。勇者ルクルースを発見し、ただいま交戦中……次なる指示を!)
(あぁ!? もう戦ってンのか!? ちっ、わぁったよ、俺が行くまで引きつけとけ)
(御意!)
(あぁ、そうだキンダーバルク…………死ぬなよ)
そう言い残して、グラシャラボラスとの魔力の繋がりが消える。
キンダーバルクは思わず心が震え上がった。
普段は横柄で乱暴な物言いのグラシャラボラス。
しかし、いざ戦いになると率先して最前線に赴き、部下を鼓舞する。そんな生き様に心惹かれて、魔族の軍勢から抜けた後も彼の方を慕って付いて来た魔族は少なくない。
かくいうキンダーバルクもそうである。
(グラシャラボラス様……必ずや使命を全うしてみせます!!)
尊敬する彼の方から、死ぬなと言われたのだ。絶対に死ぬ訳にはいかない。
身に染みる重責。
燃え盛るような決意。
不退転の覚悟。
それらを心に刻み、自らを鼓舞する。
「オォォオォォオォォ!!!」
腹の底から湧き出た雄叫び。
溢れんばかりの士気が滾るのを感じる。
そして、全身に力を漲らせ動き出そうとした刹那、《《それ》》が聞こえた。
「要件は済んだか?」
(なっ……!? ここは空中だぞ!? いや、それより気付けなかったのか、この私が……くっ!)
空中で静止している勇者に向かって振り払うように腕を伸ばす。だがそれは漆黒の剣腹でピタリと止められる。
その状態のまま、勇者はつらつらと語りかけた。
「私の予想通りによく動いてくれた、キンダーバルク」
敵である勇者から己の名が出た事に愕然とする。同時に、その名を安易に語る事に対して憤慨した。
(なっ……どうして私の名を!? いやそれよりも、グラシャラボラス様に直々に名付けられた恩義ある名、それを人間如きが軽々しく口にしてよいものではない!!)
キンダーバルクは止められていないもう片方の腕に力を強く込め、勇者に向かって振り下ろす。
しかし、全力を奮ったその攻撃もあえなく漆黒の剣で受け止められる。
「ふん、痴れ者め。ところで……グラシャラボラスは健勝か?」
「……! 貴様になんの関係がある」
「大いに関係あるとも。奴とて大事な大事な私の配下だ。その無事を確かめるのは、魔族の王として何らおかしな話ではないだろう?」
ここまで言った勇者は途端に声色が変わった。
静かに、そして憤怒の情を込めて。
「……にもかかわらず貴様らはどうだ。敬拝すべき王に対して不敬極まりない行い――――万死に値する」
静かにそう言い放った勇者の目は深海のように深く蒼い。さらにその奥には憤激の灯が宿っている。
双眸から放たれる突き刺さるような眼光。
絶対的強者による、暴虐の片鱗。
かの凄惨たる魔王を彷彿とさせる、身の毛もよだつ畏怖。
それを一身に浴びたキンダーバルクは、本能的に身を震わせた。
そして勇者は、受け止めていたキンダーバルクの腕を漆黒の剣で振り払い、残酷な微笑を浮かべ語る。
「既にグラシャラボラスには伝えたのだろう? なら、貴様の役目はその命と共にここで終わりだ。だが……そんな配下に対してせめてもの慈悲だ。グラシャラボラスが現れるまでは生かしておいてやる」
「ぐっ……! 目的は、グラシャラボラス様か……! そうはさせん!」
すると勇者は魔法の効果が切れたのであろうか、ストンっと地面に降り立った。
勇者が手に持つ漆黒に染まる剣先は、正確にこちらを狙い定めている。
単純に突撃するだけでは、瞬く間に返り討ちに遭うのが想像に難くない。
(しかし、たとえ私が勇者に勝つ可能性が無いとしても、私の後にはグラシャラボラス様が控えている……! 僅かでも、ほんの僅かでいい。手負いにできれば御の字なのだ……!)
己の命よりも、配下としての矜持を取ったキンダーバルクは、不退転の覚悟を持って勇者《敵》を見据える。
死など恐れない。
己の死の先に、彼の方の勝利があるのなら。
(申し訳ありません、グラシャラボラス様…………最後に承ったご命令を、守る事ができそうにありません……しかし!)
空中を駆け抜けた。
狙いはただ一つ。勇者の首だ。
清々しい程に真正面から立ち向かう。愚かだと言われても構わない。
キンダーバルクにはこの攻撃《やり方》しか知らないのだ。
白い翼から風を切る甲高い音を轟せながら、標的へ突進する。次の瞬間には強靭な赤黒い腕が、勇者の喉元へ届く距離まで迫った。
だがまたしても漆黒に染まる剣腹が、渾身の一撃を見事に阻止した。
(ちっ、またこの剣か……ただの剣、ではない……だが!)
初撃を当て損ねたとしても構わない。当たるまで続ければいいのだ。
なりふり構わないキンダーバルクは、続けざまに防がれた逆の腕を振りかぶる。しかし力任せに振り落とした腕は虚しく空を切るだけだ。
勇者は半身でひらりと躱すと、回避する間際に漆黒の剣を横に一閃する。
キンダーバルクは数歩後ろに後ずさりしながら、ズキズキとした痛みを胸の辺りに感じる。地面を見ると、赤い雫がポタポタと滴っていた。
(斬られた……か。だがまだだ……まだやれる!)
痛みを堪え、次第に息が荒くなっていく。その間にも、血は滴り落ちていく。
だが、そんな事は気にも留めずに目の前の敵に意識を集中する。
その時、勇者の様子がおかしい事に気付いた。
勇者は握っていた魔剣をだらんと降ろした。それは最早、戦う構えではない。
そして、怪訝な顔つきで呟いた。
「ふん……興覚めだな」
キンダーバルクは懐疑の視線を向ける。
先ほどまでの悍ましい殺気が微塵も感じられないからだ。
(急に何だ……? 言葉の意味が分からない……)
弱いから? 拍子抜けだったから? その答えは次の瞬間、猛烈な暴風と共に浴びせられた攻撃によって理解した。
「――疾風神来っ!!!」
突如として巻き起こる突風。
繰り出された無数の斬撃が体中を駆け巡る。
加えて、先ほど勇者によって斬られた胸の切傷を、幾多の疾風の斬撃は的確に、かつ執拗に襲い掛かる。
一つ一つは大したことのないかすり傷。しかしそれはいつか綻びを生み、致命傷へと昇華していく。
(ぐっ……奴め…………もう目覚めたのか……!)
風の英雄――ウェントス。
その男は攻撃を止めない。
すなわち、巻き起こる暴風は止むことはない。
アグリコラ王国を守護する勇者として、キンダーバルクの前に再び立ちはだかった。




