第21話 挑発
煌めくような銀髪の男は、まだ記憶に新しい石造りの通路を歩いていた。その後ろには、どこか浮かない顔のアルキュミー達が続いている。
足元には整然と並べられた石畳。
降り注ぐ太陽の日差しが、それを明るく照らしていた。
先頭を歩く銀髪をなびかせた男。身に着けた白金の鎧も相まって、まるで彼自身が光を放っているようにも見える。
銀髪の男――テネブリスは、アグリコラ王国国王ナクリム三世から聞いたあの言葉に、深く苛立っていた。
(好き勝手に戯言をほざきよって……全く、いつもいつも人間という奴は……!!)
顔をしかめるテネブリスの脳裏に、ふといつかの遠い記憶が蘇る。
魔族と人間が道を違えるきっかけになった、あの日の事だ。
そして腹の底に、沈みかけていた憎悪を沸々と湧き上がらせていくのだった。
すると、険しい表情を浮かべていたテネブリスの背後から、一陣の風が通り抜けていった。
(なんだ……?)
周囲を伺っていると、前方の石柱の陰にもたれる一人の男の姿が目に入った。
深碧の髪、はだけた着衣、鍛錬された肉体。
腰にぶら下げている、肘から指先ほどの長さの短剣。
どこか見覚えのあるその風貌は、風の英雄――ウェントスだ。
(いつの間に……?)
テネブリスは猜疑の眼差しを向ける。
だが足取りは平常を崩さず、その男の元へ徐々に近づいていった。
時を待たずして、ウェントスの前まで差し掛かる。
二歩ほど通り過ぎた時、出会った時のような飄々とした態度で、背後から呼び止められた。
「よぅ、勇者御一行さん。もう帰るのか?」
「……風の英雄、何用だ?」
「そうつんけんするなよ。わざわざこの国まで来たんだ、手ぶらで帰るのも気が引けるだろ?」
「何が言いたい?」
ウェントスは鼻で小さく笑う。
腰に納めている短剣を鞘から抜くと、その切っ先をテネブリスに向けて言い放つ。
「手合わせでもしようじゃねぇか」
「ふん、なるほど。それは良い提案だ」
テネブリスは快諾する。
ちょうど、この怒りを何かにぶつけたかった所だった。
それに、《《アレ》》をおびき寄せる餌にもなり得る。
そう考えたテネブリスは、僅かに顔を綻ばせる。
だがそこへ、アルキュミーが慌てた様子で口を挟んだ。
「ちょ、ちょっとルクルース!」
「なんだ? 貴様も一戦交えたいのか?」
「違うわよ! 相手は勇者よ!? 忘れたの!? ってそうだ、記憶がないんだった……」
「ふん、何であれ私の知った事ではない」
「はぁ……そういう訳にもいかないわ。結果次第では国同士の問題にまで発展するかもしれないのよ?」
アルキュミーは、必死に勇者達を説得する。
なぜなら、アルビオン帝国にはある戒律が存在するからだ。
古くから、勇者とは国を守護する存在であるとされている。
各国にはそれぞれ勇者が存在しているが、その誰もが国を象徴する英雄として名高い。
それ故に、勇者が成した偉業や功績がその国の国力の一端となり、政治や交易に大きく影響を及ぼしていく。
そうやってアルビオン帝国は歴代の勇者を政治利用し、昨今の繁栄を築き上げてきたのだ。
そんな数ある勇者の中でも、一際目覚ましい功績を上げた人物。
それが、先々代の勇者である祖父の生まれ変わりとも目され、稀に見る才幹を受け継いだ勇者ルクルースである。
彼の成し遂げた数々の偉業により、もはや国という括りに収まらず、人間という種族全体の英雄と称されていた。
そんなルクルースの活躍により、確固たる権力を手にしたアルビオン帝国は、ある戒律を定めた。
――勇者たる者、いかなる理由あれど他国の勇者との戦いを禁ず。
表向きは同じ人間相手に剣を向けてはならない、という慈悲の精神を謳っている。
だが実際には、帝国の権力や名誉を守る為だけの、ある意味慈悲とは真逆の意味を秘めていた。
というのも、魔族相手ならまだしも、同じ人間――とりわけ勇者相手に不覚を取る事があれば、築き上げた帝国の威信は瞬く間に失墜するだろう。
そのような事は絶対に起きてはならない。
そこで、国を守る為にアルビオン帝国国王フェイエンは、禁忌とも言える戒律を定めたのだった。
その戒律の存在を頭に浮かべ、アルキュミーは焦燥する。
(婚約者として、そして……孤児だった私を拾って下さった国王陛下に対して、間違った選択をする訳にはいかない!)
必死の形相で詰め寄るアルキュミーだったが、当の勇者達はどこ吹く風だ。
「それがどうした。国がどうなろうと私には関係ない」
「おぉ、いいねぇ。さすがは魔王に一騎打ちを挑んだ勇者様だ。そうこなくっちゃな」
ウェントスは指の骨を鳴らしながら、ニヤついた笑みを浮かべる。
その様子はさながら、餌を目前にした獣。
きっとこれがこの男の本性なのだろう、とアルキュミーは察した。
一連のやり取りを見守っていたフェルムとクラルスは、アルキュミーに諦めろ、と声を掛けるしかなかった。
だが、もちろん危惧はある。
一つは、戒律を破ったらどうなるのか。
一つは、万が一にも負けたらどうなるのか。
しかし、この場にその答えを知る者はいない。
アルキュミー達は、ただ全員の無事を祈るばかりだった。
すると、ウェントスが親指を立てて、ある場所を指す。
石畳の通路を超えた先にある、王宮の敷地内の広場だ。
そこはこの国に見合った、障害物も何もない広大な砂地。
手合わせにはおあつらえ向きの場所だった。
「すぐ先に広場がある。そこで戦ろう」
「ふむ、よかろう」
ウェントスとテネブリスは広場に向けて歩き出す。
やがて指し示したかのように、同じ場所で立ち止まった。
両者の間には、剣が届くか届かないかの絶妙な間合いが維持されている。
アルキュミー達は少し離れた木陰から、テネブリスとウェントスを見守る。
何かあればすぐに動ける様に、片時も目を離さないつもりだ。
アルキュミーはまるで自分の事のようにそわそわしていると、フェルムに見解を尋ねた。
「ねぇ、フェルム。あなたから見て風の英雄の実力はどう見える?」
「そうだな……傍から見ると調子者みたいに見えるが、これだけ広い国を一人で守ってきたって事は、それなりに実力はあるはずだ」
「そう……クラルスはどう思う?」
「私は……風の英雄、と呼ばれている理由が気になりますね」
「確かに……何か能力があるのかも」
すると、勇者達が動き出した。
お互い正面に向き合ったテネブリスとウェントスは、言葉少なにルールを決めていく。
「殺しは無し。どっちかが参ったと言えば終わり。これでどうだ?」
「異論はないが、それなら私の負けはないな。参ったなど、生涯言う事はない」
「ふふん、そりゃ奇遇だな。俺も参ったなんて言うつもりはねぇよ」
「それは困ったものだ……ではこうしよう。殺す気で来い」
「あぁ、それが一番わかりやすい」
会話が途切れると、両者はただ無言で抜剣する。
手合わせとは思えない凄まじい気迫と殺気が、二人の間に渦めく。
その空気を、アルキュミー達もひしひしと肌で感じる。
息を呑んだアルキュミーの瞳には、不敵に笑った勇者の精悍な顔つきが映っていた。




