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第1話 目覚め

 ――体がやけに軽い。


 薄い意識の中、最初に感じた違和感はそれだった。

 まるで、今まで有していた絶大な魔力と異形の肉体という鎧を失ったかのような感覚。そして先程まで勇者と戦っていた時の緊張感や高揚感は一切なく、そもそも戦いなどありもしなかったかのような喪失感すらある。


(一体どうなっている……私は……)


 意識が次第に濃くなっていく中、徐々に目の辺りに薄い光を感じ、ゆっくりと瞼を開ける。


 目を開くと、やけに軽い体をむくっと起こす。そして視界に入った光景に驚愕する。

 そこには、広い洋間に真っ赤な絨毯。窓からは太陽の光が差し込み、その光に反射するように白金の鎧が輝きながら保管されている。壁にびっしりと配置されている数々の武器は、そのどれもが精巧な造りで、しっかりと手入れがなされている事が感じられた。

 そして調度品も仕立ての良い物で揃えられている事から、この部屋の主は相当な身分だった事が伺える。

 あくまで人間にしては、だが。


 しかし驚いているのは、そのどれもが全く身に覚えのない物だという事だ。



(どこだ……ここは…………私の城ではないことは確かのようだが……)


 皮膚から伝わる感触から、自身の居る場所がベッドの上である事に気付く。


(……状況が飲み込めぬ……)


 脳内であらゆる考えを巡らせていると、コンコンと部屋の扉を叩く音が聞こえた。

 まるで入室を伺うかのような所作に、身構えつつ様子を伺う。

 しばらくすると、ゆっくりと扉が開かれた。


 そこから現れたのは、人間の女。

 しっかりと青みを帯びた褐色(かちいろ)のローブを身に纏い、腰まである金色の長髪をなびかせている。小国の姫君にも似た美しい容姿ではあったが、その表情は憂いを帯びていた。


 しかしその顔をよく見ると、どこか見覚えがある気がした。

 頭の片隅に、ぼんやりと浮かびかけた正体(きおく)を必死に呼び起こす。


 あと少しで記憶に辿り着こうとした時、その女と目が合った。すると女は引きつったように血相を変え、動揺した様子で口に手をやる。

 その仕草で、支えを失ったポットと小皿は空中から床に落下する。直後、ガシャンという音が部屋に響り、ポットに入っていた水のような液体と小皿に乗っていたであろうパンが散乱した。


 すると、その女は床に広がった食事や皿の破片等には目もくれずに、凄まじい形相で迫ってくる。

 鬼気迫る勢いに思わず身構える。


(しまっ……殺られる!?)


 しかしその女が取った行動に呆気にとられてしまった。

 その女は、この身体を抱きしめたのだ。

 優しく包み込むように、女が持つ体温がじんわりと肌を通して伝わってくる。


「ルクルース! もうっ、心配したんだから…………!」


 振り絞ったような震える声と、頬を伝っている水滴で、この女が泣いている事を知る。

 突然起こった余りの出来事の数々に思考が鈍る。


(どういう……ことだ…………)


「ルクルース……体の具合は、どう?」


 この身体に抱きついたまま、勇者の心配をする女。

 全く意味のわからない言動に、思わず女を睨みつける。そして気付く。


(そうだ……この女、勇者ルクルースの仲間だな………名は…………知らんが、確か魔法使いだったはずだ)


 ようやく女の正体を思い出すと、また一つ謎が生まれる。


(どうして勇者の仲間が私の傍にいる? それにさっきから私に向かって勇者の名を呼びよって…………一体どういうつもりだ。さてはこの女、気でも狂ったか……?)


 思考の渦に嵌って動けないでいると、女はようやく身を離れる。

 そして豊かに膨らむ胸元の辺りで手を握りしめながら、俯いた様子で言葉を絞り出した。


「ごめんなさい、まだあんな激しい戦いから三日しか経ってないものね……戦闘の傷が癒えてないのかも……」

(三日だと……? 私は三日もこんな得体の知れない場所で眠っていたというのか……)


 女が口にした新しい情報で、更に事態が読めなくなる。

 普段決して他人に見せぬ混乱と焦燥が、自分でも手に取るようにわかった。

 その様子を察してか、女は病人を気遣うかのような仕草で手を握り微笑みかける。


 ここでようやく自分の手が視界に入った。そして初めて身に起きていた異変を直視する事になる。

 目に入ったのは、やや白味を帯びた人肌。まるで人間のような手に見えた。

 いや、これは()()の手だ。


(な、なんだ……この手は!? これはまるで……)


 脳裏に浮かんだ一つの推測。その真偽を確認するべく、女に握られたこの手を振りほどく。

 部屋を見渡すと、すぐ近くに姿見を見つける事ができた。すぐさま、慌ててベッドから身を抜け出す。

 取り乱しながらも姿見の前に立つ。すると、そこに映った姿に震駭(しんがい)した。



 そこに映っていたのは、光が反射するほど煌めく銀髪に、精悍な顔立ち。そして澄んだ蒼い瞳をした男。真っ白なローブに身を包みながら、その表情は驚愕に歪んでいる。

 この姿には見覚えがあった。なぜならこの男とは幾度も命のやり取りをしてきたからだ。

 互いを強者として認め、人間にして最強の宿敵。その名も、勇者ルクルース。



 自身の推測が当たってしまった事に、苦悶の表情で声が漏れる。


「これは……この姿は…………!?」


(どういう事だ…………この鏡に映っている姿は、間違いなく勇者ルクルース…………私は、ルクルースになってしまったのか……? そんな馬鹿な、ありえない!!)


 膝を付き、両手で自分の身体を抱きかかえるように肘の辺りを抑える。まるで自分の肉体を、その存在を確かめるように。

 しかし否応なく理解してしまう。

 顔だけでなく、この肉体も、目に見える何もかもが、かつての我が身ではなくなっている事に。



(……私の身体は……一体どこに…………!?)


 傍から見れば気が動転したかの様に見えたのだろうか。

 心配そうな表情で目に涙を浮かべた女が、そっと後ろから近づきこの身体を抱擁してきた。

 抱きしめられたその背中には、生温かい柔らかな感触を感じる。

 背中に感じるその立派な存在に、意識を少しだけ向けながら状況を頭の中で整理する。



(考えられる可能性は……勇者ルクルースの肉体に私の魂が取り込まれた……? ちっ、推測の域を出ないな。何にせよ、何もかも情報が足らなすぎる)


 答えの出ない思考の迷路に苛立つ。考えても考えても何も生まれないのだ。

 しばらく無言のまま床に突っ立つ。

 そして思い出したかのように取り乱す。人間の女に抱き締められているという恥ずべき行為に対してだ。


「は、離せっ! 私はルクルースではない!」


 背後から抱きしめる女を強引に振りほどく。突然の行動に、女は数歩よろめきながら後退りした。

 そして言い放たれた言葉に、女は唖然とする。潤わせていた目をこれでもかと見開くと、手を口元に当てた。


「ルクルース……あなた…………記憶が……!?」

「…………ん?」

「あの激しい戦いで、記憶がなくなってしまったのね……!? 口調も、すっかり変わってしまって……」


(ん……? この女、何か勘違いを……)


「……そうだ! 神官のクラルスなら何かわかるかも! ルクルース、ちょっと待っててね! すぐ呼んでくるから!」


 閃いたような表情で胸の前で手をポンっと合わせると、扉付近に散乱している皿の破片等を完全に無視して、走りながら部屋を後にした。




 ほどなくして、数名の足音が部屋に近付いてくるのがわかった。

 その足取りはゆったりとしたものではなく、ドタドタと慌てたように聞こえる。


 散らかった扉から一番先に顔を出したのは、散らかした本人である魔法使いの女だ。

 入ってくる時に、うげっという驚きの声がちらほらと聞こえてくる。

 しかし、魔法使いの女達はそれどころではないようだった。


 魔法使いの女の後に続き、ハーフエルフと思しき神官の女、そして歴戦の傷跡が刻まれた筋骨隆々の体に、目つきの鋭い男が部屋に入ってくる。

 どの人間も見覚えのある顔だ。


 目つきの鋭い男は、部屋に入るや否や声を荒げる。

 外見通りの、野太く大きく煩い声だ。


「ルクルース! やっと目覚めたか! 無事で……本当に無事でよかった!!」

「でもね、フェルム。あの戦いのダメージが影響してるのか、記憶が無くなっているようなの……」


『……何だと!?』


 その男――フェルムと同時に、何故か同じ台詞が出た。

 内に秘める思いは到底同じものではないだろうが。


 全員の焦った様子を見かねて、奥から優しい口調で語り掛けてくる人間がいた。

 その人間は翠緑(すいりょく)の髪色をした色白のハーフエルフ。エルフらしい大きな瞳は、髪と同じく鮮やかな翠緑すいりょくを帯びていた。


 女性らしい細身の曲線を覆うように、所々に鮮やかな刺繍が施された真っ白なローブを纏っている。その華奢な身につけた数々の魔装具は、一見にして一級品である事がわかる。つまり、このハーフエルフの女は神官として確かな実力を持っている事の証明でもある。


 そんな神官は、聖人たる面持ちで近づいてくる。

 ゆっくりと目の前までやって来ると、聖母のような微笑みを浮かべたまま、名を尋ねてきた。


「本当に記憶が無くなっているのか確認してみましょう。では……名を、聞かせてもらえますか?」



 ――名前か。

 私の名、これまでそれを口にするだけでも、幾多の者を畏怖させてきた。


 ある者にとっては力の象徴。

 ある者にとっては恐怖の権化。

 ある者にとっては最強の魔王。


 その全てが、唯一無二の私である。



 ハーフエルフの神官の質問に一拍置くと、冷笑を浮かべて静かに口を開く。


「名か……よかろう。その凡庸な耳を存分に使い、そして心して聞くがよい。――私の名は、凄惨たる魔王・テネブリス=ドゥクス=グラヴィオールである!」




なろうデビュー作!

ダークな雰囲気の中にシリアスとコミカルとアクションを織り交ぜながらファンタジーな世界観をベースに執筆をしていきたいと思っております。


宜しければ応援頂けると幸いです。


引き続きご覧下さいませ。

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