第15話 闇夜の強襲
次第に闇が深くなっていく森林に、張り詰めた空気が流れ始める。
かれこれ、ヘルハウンドの鳴き声が聞こえてから数分は経つ。
――狙われている。
そんな漠然とした感覚だけは、この場にいる全員が感じ取っていた。
「段々と気配は近くなってきている気がするが……何も見えねぇな」
「えぇ……クラルス! 知覚強化の魔法を発動しておいてくれる?」
「わかりました。聖位魔法――知覚強化」
クラルスが聖なる魔法を発動すると、アルキュミー達四人はぼんやりと白い光に包まれた。この魔法の効果で、視覚や聴覚といった五感が研ぎ澄まされる。
この状況下において、見事に効果を発揮する魔法だ。
その魔法のおかげで、今までは薄っすらとだけ感じていた魔族の気配も、ある程度しっかりと感じる事ができた。
その感覚を頼りに、アルキュミーはヘルハウンドの数を掴む。
「四……いや、五体はいるわね」
「あぁ、俺達を囲むように迫ってきてる感じだ」
「前方の三体はルクルースとフェルムに任せるわ! 私とクラルスは残りの二体を」
前衛と後衛をあえて二分するという奇策。
ヘルハウンドは暗闇に乗じて一気に強襲する算段だと、アルキュミーは読んでいた。
そこを、前衛の二人で逆手に取り強襲する。
数的不利の状況を崩すには、先手を取って相手の有利な状況を崩すしか無い。
こうした策が取れるのも、クラルスが発動した知覚強化の魔法あってのものだ。
アルキュミーの妙案に乗っかったテネブリスはふん、と鼻で笑う。
「よかろう。早速、斬り刻んでくれる」
そう言葉少なげに言い放つと、漆黒の剣を鞘から解き放つ。と、同時に素早く前方に駆け出した。
あっという間にその姿を暗闇に紛れさせたテネブリスは、視界の隅に一体の魔族を補足する。
その魔族こそがヘルハウンドである事を瞬時に認識すると、右手に握りしめた退魔の剣――黒の切っ先を、標的の喉元目掛けて突き刺す。
目覚めるような奇襲。
隙を突かれたヘルハウンドは避けることも敵わず、その首元に深刻な致命傷を負う。
追い打ちをかけるように一歩距離を詰めたテネブリスは、刃を横に薙ぎ払う。
その一閃で、勝敗は決した。
瞬く間に一体のヘルハウンドを屠り、テネブリスはすぐさま周囲の気配を伺う。
他の魔族が襲ってくる気配はない。奇襲は成功だ。
見下すように足元に横たわる死体に視線を落とす。そして、沸々と湧き出る魔力を全身で感じた。
(あぁ……この魔力。そうだ、この魔力こそが私の根源! もっと……! もっとだ……!!)
恍惚の表情を浮かべていると、背後からゾッと悪寒が走る。
魔族の気配、それと同じく強い殺気を感じ取った。
テネブリスは、すぐさま後ろへ振り向き直す。
直後、黒い影が目前まで迫ってきていた。
――ガキンッ!
テネブリスの手に握られている漆黒の剣と、目の前の魔族が持つ鋭い牙がぶつかり金属音が響く。
魔剣に匹敵する硬度の牙を持つその魔族は、背後からの襲撃が失敗したと判断すると、すっと後ろへ仰け反り距離を取った。そしてその影からもう一体のヘルハウンドが現れる。
唸りながら態勢を構える猟犬のような体格を持つ魔族――地獄の猟犬。
黒い体毛に、所々爛れた皮膚、そして血のような赤黒い眼光には殺気が宿っている。
鋭意な牙を宿すその大きな口は、今か今かと獲物を欲するかの如く涎れを垂らしていた。
「ふん……同胞を殺られて気が立ったか?」
皮肉のように目前の魔族に対して呟く。
その言葉に反応するように、赤い眼光はより憎しみを増したかのように深みを帯びた。
すると突如、ヘルハウンドは遠吠えのように鳴き声を上空に向かって轟かせた。
その鳴き声に呼応するかのように、周囲にいるヘルハウンドも遠吠えを共鳴させる。
鳴き声が止むと、ヘルハウンドの華奢な肉体が筋肉によって急激に膨れ上がる。まるで猟犬から獰猛な虎になったかのような変化。
これはヘルハウンドが持つ種族スキル――共鳴。
遠吠えに共鳴した同族が、その数に比例して筋力が増すというもの。
先程テネブリスが厄介だと言ったのは、この種族スキルを警戒しての事だった。
共鳴したのは四体。すなわちその筋力は約四倍に強化される。
「ちっ、共鳴を発動させたか……できればその前にもう一体くらいは始末しておきたかったが……」
しかし発動してしまったものはしょうがない。テネブリスは当初の行動案を捨てて策を練り直す。
すると、ちょうど暗闇の向こうからフェルムが駆け寄ってきた。
すぐさま合流したフェルムは、対峙する二体のヘルハウンドを警戒する。
「おい! なんかコイツら急に凄みを増したぞ!?」
「ふん、それがヘルハウンドの種族スキルだ。先程言っただろう? 群れると厄介だとな」
「そういう事ならもっとちゃんと説明してくれよ……!」
状況は数だけ見ると二対二。いや、向こうにいるアルキュミー達を含めると四対四。
しかし、分断された戦力差で見るとヘルハウンドの方がやや上回っているだろう。
アルキュミー達のような魔法使いや神官は後衛職。テネブリスやフェルムのような前衛が戦線を維持する事で、本来の役割を発揮する。
しかし、今は前衛と後衛で分断されている。
アルキュミーの奇策が仇となった形だ。しかし、その奇策の甲斐もあって共鳴した個体が一体でも減ったのは事実。決して無駄ではない。
だが状況は思わしくない。
近接戦闘が得意なヘルハウンド二体に、アルキュミーとクラルスだけでは中々に分が悪いと言える。
その為には、早々にこの状況を打破する必要があるとテネブリスは判断した。
(微量だが魔力は戻ってきている……今の私なら中級魔族とて大した相手にはならんだろう。さて……邪魔者には退いてもらうとするか)
僅かに笑みを零したテネブリスは、戦闘態勢のフェルムに策を伝える。
「この場は私が請け負う。貴様はあの女共の元へ行くがよい」
「なっ……!? 正気か!? 一人で二体も相手にするつもりか!?」
「私を誰だと思っている。凄惨たる魔王、テネブリス=ドゥクス=グラヴィオールであるぞ」
「出た出た……わかったよ。まぁ、確かにクラルス達の方が心配だしな! ここは任せるぜ」
言い終えてすぐ、フェルムは全速力でこの場を駆け抜けた。
その姿を追おうとするヘルハウンドの行く手を阻むように、テネブリスは立ちはだかる。
闇の中、王たる威容を振りかざす。
銀髪を揺らし、邪悪に嘲る。
そして漆黒に染まる剣先を向けて言い放った。
「貴様らの相手は私だ。喜べ……貴様らはこれより魔王の礎となるのだ。心してかかってくるがよい」
今回の魔法辞典
・聖位魔法――知覚強化
聖なる魔力の加護を受けた者が使える魔法のひとつ。自身を含む対象者に、聖なる魔力の加護を与え視力、嗅覚、聴力といった五感を30分間強化する。




