第3話 お気に入りの俺のアバター
翌日、総理はJ2クラブの練習を半分うわの空のまま切り上げると、ゲーム機・ソフト・モニターの3点セットを持って、いそいそとリョウの家を訪れた。
リョウもエナジードリンクを2本机の上に置くと、落ち着かない素振りで総理が来るのを待っていた。
どうやら今日は休憩無しのガチモードでゲームする気らしい。ドリンクのチョイスに彼の本気度が現れていた。
総理が訪れると、彼はガサツにゲーム機をセッティングしながら
「このゲーム面白いね。すっかりハマっちゃったよ」
と言って、ニヤケ顔をリョウに向けた。
「だろ? WFOって世界で10億人以上が参加してるらしいよ。中にはプロのサッカー選手もいるんだって」
「そうなん? 俺みたいじゃん! まあ、俺もこう見えて一応J(2)リーグのプロ選手だからな!」
「総理の場合は、まだ成って間もない新人だけどね。ていうか、Jリーグ以外にも、リーガエスパニョーラやセリエAの一流選手たちも遊んでるらしいよ。あと、3Dアバターが細かく設定できる所も嬉しいよね」
話してる間にセッティングが終わった総理がWFOを起動すると、リョウは
「総理はどんなアバターを作ったの?」
と、画面をのぞき込んだ。
「ああ、俺ね。ハンドルネームは『総理大臣』。自分好みのロリロリな茶髪ツインテールの女子キャラを作ったよ! ほら、コレ、どう? 黄色いフリフリの衣装も可愛いいでしょ!」
ツインテールがゆらゆら揺れる総理大臣など現実世界では見たことが無いが、もし実際に居たとしたら意外と支持率は高いかもしれない。
ともかく、名前とキャラのギャップが激しい設定ではあったが、MMO(仮想生活空間)の世界では、それはよくあることだった。
一つ付け足して言うとすれば、総理が作った美少女キャラは、残念ながらサッカーが強そうには見えなかった。
「そういうリョウはどんなアバターなの?」
今度は総理がリョウの画面をのぞき込んだ。
「僕のキャラクターは本名と同じで『リョウ』。外見も自分に似せて作ったよ」
それを見た総理は、
(アバターを自分に似せて作る辺り、リョウは相変わらずまじめだな)
と思った。
随分と細部にまでこだわってキャラメイクしたようだが、CGの顔が実物よりも若干美化されており、身長も5㎝ほど高く設定されていたが、そこには目をつぶってあげる優しい総理であった。
「本人にクリソツじゃん! バーチャルシティで見かけても、すぐお前だって分かるな」
苦心して作ったアバターを褒められて嬉しくなったリョウは
「そういう総理のキャラだって個性があって可愛いし、アイドルのステージに混ざってても違和感ゼロだね」
と、総理とは似ても似つかないアバターをヨイショした。
それにしても、総理のキャラがアイドルグループの舞台に立つ日は、いったいいつになったら来るのだろうか?
その後、サッカーの練習グラウンドに瞬間移動した2人、まずはクラブを作成することにした。
クラブ名は『打倒メッシ』
思い付きで提案した総理のアイディアをリョウがそのまんま採用した。
設定が終わってランキング試合の申し込みをし、コントローラーを握りしめる2人。
ポジションは、
リョウ ➡ FW
総理大臣 ➡ MF
他の選手達 ➡ AIプレイヤーが担当。
このゲームではクラブは勝率によりランク分けされており、試合は同レベルの相手とマッチングする仕組みになっている。
最初はDiv10からだ。
Div10とは、Jリーグでいうところの、J10みたいなものである。J1までの道のりは長い。
イタリアリーグのセリエにたとえると、セリエA・B・C・D・E・F・・・・
とにかく先は長い。
最下層のランクで試合のマッチングを組む2人。
やがて試合が始まった。
待望の対人オンラインチーム戦を始めた『打倒メッシ』の2人だったが、どうもうまく連携がとれない。
結果も2連敗3連敗と敗戦が重なっていった。
総理大臣は顔を横に向けてリョウに話しかけた。
「まあ、最初はこんなもんだよな」
「うん」
この仮想空間では、アバターは試合をこなすことで経験を積みレベルが上がる仕様だ。
他のゲームにたとえると、ドラゴンクエストに代表されるロールプレイングゲームのような要素も含まれている。
面白いのは、プレイする人間のクセや個性をAIが分析し、アバターが成長するときに反映させる点だ。パラメータの割り振りは自動で行われ、よりオリジナルである本人に近いキャラに成長していくのだ。
「でもさ、キャラクターが育っていないのももちろん敗戦の原因だけど、FWまでなかなかパスが通らないのも、負ける理由の一つだよね」
リョウは試合を振り返って反省している。
たしかに、MFの総理からリョウへのラストパスがヘロヘロで、敵にパスカットされてしまうシーンがよく見受けられた。
なぜそんなヘロヘロのパスになってしまうのか。
この段階では、総理の『ロングパスの打ちそこないでショートパスを出す』という回りくどいワザが裏目に出ているからだった。
その後、2人はひとしきり練習を重ね、初勝利は後日に持ち越しとなった。