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 エイダンによる恋愛的なアピールも含めて、与えられた情報が過多すぎて頭がくらくらする。だからエイダンが差し出してきた手に考える間もなく、お手を求められて手を出した飼い犬のごとく、反射的に手を出していた。

 手を引かれ、日陰である馬車内から明るい外の陽射しの中に連れ出された時、私は周囲の鮮やかな光景に目を見張った。



 かつて隠れ家から公爵家に向かう途中に眺めた様々な色彩の家々。どうやって飾り付けたのか、その家々の屋根のふちや窓枠にたくさんの花が飾られており、風が吹くたびにその花びらが空を舞う。その光景の美しさに、言葉を失って魅入ってしまう。

 馬車は渋滞を避ける為に大通りから離れた場所に停められていたらしく、エイダンの手にひかれながら少し歩くと、多くの人で混雑する通りにたどり着いた。

 通りを歩く人は、動物、鳥など様々な形の仮面をつけていた。建国祭で皆が一様につける仮面だ。



 ツンツン。



 不意に私のスカートが引かれそちらを見ると、私より少し背の低い少女が、小さな花のブーケがいっぱい入ったかごを持って私を見上げていた。

 少女は通りを歩く人と同じように、顔半分を隠す鳥を型どった仮面をつけている。

 着ている服はあまり質が良くないように見えるので、恐らく庶民。



「お姉さん、お花いかがですか?」



 その少女は口元ににこやかな笑みを浮かべて花を差し出す。花を3本ほど束ねたその小さなブーケに手を出そうとして、私は動きを止めた。


 私って自分でお金を払ったことない……と思ったからだ。


 勿論、公爵からお小遣いとしてお金は貰ってきたけれど、よく考えたら出掛けて買い物をしたのはリアムとの一回だけで、その時は支払いはリアムがしていたし、基本的に買い物は公爵家に出入りする商会が持ってきた品物を購入するシステムだった。

 つまり何が言いたいかというと………自分でお金を使ったことがないので、どのように支払いすればいいのかわからないのだ。


 一週目でもマリーが外に買い物に出るときは侍女が必ず付き添って支払っていたので、本気で使い方がわからない。

 マンガで見るようなお金持ちみたい!と思ったが、よく考えたら公爵家はお金持ちだった……と思い至った。

 貰った小遣いに銀貨があるけれど、前世のマリーの記憶が確かなら、銀貨よりも価値の低い貨幣が他にもあったはずだ。たぶん、この花を買うのに使ったらこの少女はお釣りに困りそうな気がする。

 あいにく銀貨より小さな額の貨幣を持ち合わせていない

 通貨名は『ベル』というのはわかっているんだけれど……。

 どうすればいいか途方にくれて私が固まっていると、エイダンが困った私に気づいたようで、助け船を出してくれた。



「お嬢さん、そのお花はおいくらですか?」



 エイダンが少し腰を屈めて目線を合わせるように話しかけると、仮面の少女は元気な声で間髪いれず、



「10ベルです!」



 と言って、勢いよくエイダンの方にブーケを差し出した。



「なら1つください。」



 エイダンは私から手を離すと懐からさっと財布を取り出し、小銭のようなものを出して私の代わりに払ってくれた。エイダンが出したのは、銀貨とは違って薄茶色の、私の世界でいうと10円玉みたいな色をしていた。

 すかさず、少女から買ったブーケは私に差しだされる。

 少女はお金を受け取ると、礼を言って通りの人混みに紛れて行ってしまった。



「ありがとうございます。大きなお金しか持ってない上に……恥ずかしいんですけど、自分で買い物をしたことがなくて。」



 何だか世間知らずを露呈するようで恥ずかしくて。ブーケを受け取らずに私が俯くと、



「顔を上げてください。知らないことは恥ずかしいことではありません。知らないことは学べばいいんです。」



 そう言うエイダンの声は、家庭教師をしている時の優しく諭す声色のエイダンで、私を安心させる力があった。

 知らないのも本当の7歳なら仕方ないよね!と自分を納得させる。



「そうですね。勉強します。」



 私が顔を上げて微笑みながらようやっとブーケを受け取ると、何故かエイダンがその様子を見てふふっと笑った。

 キョトンとする私に、エイダンが言う。



「すみません、普段は7歳の割に大人っぽくて、色んな話も理解力が早いのに、7歳らしく知らないこともやはりあるんだなぁ…と思ってしまって。まぁ、当たり前なんですけど。」



 要するに普段の行動が子どもらしくないと……。

 前世の年齢も足せば、今の年齢は20をとうに越えている年齢。それがばれてしまってようで、ヒヤリとする。



「よい意味で、マリー様は子どもらしくないですね。精神年齢が高いのでしょうか。」



 こちらを見るエイダンの目に探るような様子は感じ取れず、不思議そうにかつ興味深そうにしている。

 深い意味はないだろうけど、勝手に探られているような気がしてしまって、どぎまぎして心臓が痛い。7歳の女の子の中に、10代後半の女がいるなんて、わかる筈ないのだけれど。



「公爵家の令嬢として……はやく大人になる…というか、しっかりしないといけないと、思っているから、かもしれません。」



 エイダンの言葉を、自分のことを褒められたと受け取って照れた子どものように、はにかんで見せる。

 誤魔化すために、演技をしないといけないのが、何だか変な感じだった。

 でも仕方ない。本当のことを、私は本当はマリーではない別の人間だなんて、エイダンには教えられないから。

 今、本当の私のことを知っているのは、ソフィアだけ。でも、そのソフィアも今は少し信用できない。

 そんなことを考えたら、楽しく出かけるために祭りにきているのに少し悲しくなってしまって、吹っ切るように無理矢理に満面に笑みを浮かべた。



「エイダン様、お花ありがとうございます。屋台もたくさん出てるみたいですし、お金の使い方、教えてください!」



 そしてわざと子どもらしく、ブーケを片手にエイダンに手を伸ばしてその手を引き、はしゃいで見せた。



「では…まずは、仮面を買いませんか。」



 私がエイダンの手を引くと、エイダンは慌てたように私を制しながらも満更でもない笑みを浮かべて、大きな通りにところ狭しと立ち並んだ屋台の中から、たくさんの仮面が店頭に並べられた屋台みせを指差した。



「建国祭といったら、仮面ですものね。」



 建国祭に参加する国民は、この日だけは身分差をなくし、貴族も庶民も関係なく皆で建国を祝おうという建前を前提に、全員が仮面をつける。これがこの国の習わし。

 隠れ家から出れなかった私は、ソフィアが教会の奉仕活動として建国祭の準備のために出掛けるのを見送ることしかできなかった。マリーの中身が新垣真理わたしではなかった時は、私も出掛けたいと大騒ぎしていた。

 ついぞ隠れ家にいた時は建国祭に出掛けられなかったけれど、ようやっと自由になれた気がした。



 どこの屋台もそうだが屋台は祭の間だけ設置しているようで、あまりに強い風に煽られたら壊れてしまうんじゃないかと思えるような、木でできた簡易的な物のようだった。

 私達が屋台に歩みより一つの仮面を手にとって見ていると、屋台の店員の女性が得意そうに説明してくれた。



「この店にある仮面は一つとして同じものがないんです。形は同じでも使っている素材や色が違うんですよ。」



 そう言われて見れば、私が手に取った犬を模した仮面は青色をしていて、近くに桃色の同じデザインの物が置かれていた。

 使っている素材も布だったり羽のような物がつけられていたり、ビーズが縫い付けられていたり、あまりに種類があるので選ぶのに迷ってしまいそうだった。

 ただ私が手に取ったのは大人用のサイズで、少しサイズが大きかった。



「こちらに子どもサイズもありますよ!」



 商売上手らしく、すかさず女性店員さんが教えてくれた場所に、数は少ないながらも子どもサイズの仮面が数点置かれていた。



「これはどうでしょう?」



 エイダンが手に取って勧めてくれたのは、淡いエメラルドグリーンカラーの猫を模したデザイン。明らかにエイダンの髪色のカラーだった。



「私はこれにしようと思います。」



 そう言ってエイダンがもう一つ手に取ったのは、明るめの青灰色をした鳥を模した仮面だった。それはチェスターコートの下に着ているベストの色にも似ていて、マリーの髪色に近い。

 差し出されたエメラルドグリーンの仮面と、エイダンと、青灰色の仮面。それぞれに視線を行きつ戻りつさせていると、エイダンが意味ありげに笑む。



「なら、これにします。」



 エイダンのカラーを身につけるべきだったと、自分が馬車の中で漏らしたのは事実だし、正直、エイダンのアピールはお腹いっぱいだけれど、嫌な気はしないのは事実だ。

 エメラルドグリーンの仮面を受け取ると、エイダンが心底嬉しそうな顔をするのがわかり、ちょっと恥ずかしくなった。


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