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私は鬱々とした気持ちで、2階の窓から外の景色を見ていた。硬い木枠で作られた堅牢な窓は、転落を避けるためか10cmほどしか開かない。
窓の下の通りを歩く子ども達が、笑顔で走っていくのがうらめしい。
窓にへばりついていたら、後ろから肩を押さえられぐっと引かれた。
外を覗くために持っていった椅子から降ろされ、椅子もドレッサーの前に戻される。
「マリー様、窓から離れてください。」
「ちょっとだけいいじゃない。」
「他の人にばれたらどうするおつもりですか!」
ソフィアが人差し指を立てて注意するので、私はシュンと項垂れた。
この家は表向き、ソフィアとグレッタの2人暮らしとなっている。
勿論、マリーの存在を隠すためだ。
外へ出ることも許されず、できることといったら窓からちょっと外を見たり、こそっと手を出して鳥に餌をやったり。
まぁ、こっそりやっても、ソフィアに結局ばれて怒られるのだけど。
ソフィアは外から見えないよう、窓のカーテンを閉めてしまった。薄暗がりになった部屋に、昼間だというのにランプがつけられる。
その橙色の灯りを見ていたら、更に鬱々とした気持ちになった。
「5歳の子どもに家にじっとしていろなんて、無理よ。」
普通の5歳児なら、満足に外を見ることもできないなんて我慢できないはず。
私が不満をこぼせば、ソフィアはしたり顔で笑って見せた。
「中身はもっと年上でしょう。」
「そういうときは、私がマリーじゃないって信じるのね。」
ソフィアとは、ある程度軽口を聞けるようになった。どこまで私が本当のマリーではないと信じたのかはわからない。それでも、わがままも言わず、ソフィアやグレッタに従う姿はあきらかに、以前のマリーとは違ったのだろう。
でも、一応、主だというのに扱いがぞんざいになっている気がするのは気のせいじゃないと思う。
以前のマリー相手だったら、さっきみたいに私を注意するなんてこと、出来なかったと思う。
「ソフィア、ちょっとだけ、外に行きたい。」
「だめです。」
「せっかく元気な体になったのに、また外にいけないなんて!」
昔の、病院のベッドから外を見ることしかできなかった時と、今がリンクする。
その時と大きく違うのは、走り回っても息苦しくなくて、激しく動悸がしたり、倒れたりしなくなったことだ。
せっかく元気に動き回れるようになったのに、 窓から見えるヨーロッパのような景色を眺めるだけなんて嫌だ。
「外にいーきーたーいー!」
体が子どもになると、心も子どもに近くなるのだろうか。
小さな子ども〔見た目は小さな子どもだけど〕のように駄々をこねて頬を膨らませると、その頬をつつかれた。
どう考えても、主にする態度じゃない。
「もしかしたら行けるかもしれませんよ。」
いつのまにか、穏やかな笑顔を浮かべたグレッタが、部屋のドアを開けて立っていた。
胸に何かを、大事そうに抱えている。
「公爵家の使者が、これをお持ちになられました。」
そう言って私に差し出されたのは、封蝋のされた手紙だった。羽根を大きく広げた鷲の印章の封蝋がされたソレは、何やら重々しい。