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エイダンが迎えに来てからは傍にリアムが邪魔するように来て勝手に話をしだしたので、まだエイダンとろくに話ができていない。
リアムがその場を退くのを皮切りに私はエイダンの前に進み出て、リアムのせいで悪くなった空気を取りなすように笑みを浮かべる。
「今日のお祭りを楽しみにしていました。エイダン先生、よろしくお願いします。」
しかし私が『先生』と呼ぶと、エイダンがわかりやすく苦笑する。
なにかおかしなことをしただろうかとエイダンの顔色を伺うと。
「今日は先生として来ているわけではないので、エイダンと呼んでください。」
言われて、確かにと思う。
「……では、エイダン様……と。」
少し考えて別の言い方でエイダンを呼ぶと、エイダンはうっすらと微笑む。
エスコートの為に恭しく手を差し出すエイダンを尻目に視線を近くに佇むリアムにやると、物凄く不満なのを隠すことなく据わった目をしているのが見えた。
私とエイダンを邪魔したそうにしてるが、父親である公爵の許可が出ている外出をこれ以上邪魔することもできず歯噛みしている。
そもそもエイダンと私の外出を邪魔すると、あのお茶についての話しもできないというのに、何がしたいのか……。
リアムの様子にエイダンも気づいたのか、そちらに流し目をして少し笑むのが見える。
それを見てすぐさまリアムは、小声で私に向かって『ポシェットの中身』と言う。
なんかちょっとリアムがめんどくさい。
あと、エイダンはわりといい性格している人なんだなと思った。
エイダンが乗ってきた馬車は、当たり前だけどキースウッド侯爵家の紋章が書かれていた。
私が通うことになるキースウッド学院も、キースウッド侯爵家が運営しているのでキースウッドの家紋が掲げられている。だからこそ有名なので、この馬車に青銀髪のままの私が乗っていて劇場に向かったら、さぞ目立っていただろう。婚約者という噂にまっしぐらになっていたはずなので、髪を染めていて良かったかもしれない。
エイダンのエスコートで馬車に乗ると、エイダンは私の向かいの席ではなく、私の隣に座った。
さっきはリアムの邪魔もあったのでじっくり見れなかったけれど、近くに座っているからこそ、着ているものが良くわかる。
エイダンは焦げ茶色のフロックコートの下に青みがかった灰色のベストを合わせていた。
そのベストの色は私の髪の色に色味が近く、私との外出の為にコーディネートしたのだとすぐわかった。
エイダンのゲームでのイメージカラーは、頭髪の色である緑。
なのに今の私の姿は頭のリボンから靴に至るまで菫色。緑色の要素はほぼない。
ゲームではデートの時に相手の色を身に付けると好感度があがるので、相手のイメージカラーを身に付けていた。
推しカラーというやつである。
第1王子ライアンなら『金』、第2王子アクセルなら『赤』、エイダンなら『緑』、リアムなら『黒』という風に。まだ今世で会っていない教皇子息は『白』、騎士団長子息は『青』、最後の一人は『紫』。
今の私は紫色なので、完全に別のキャラのカラーを身にまとってしまっていることになる。
私はゲームのようにエイダン先生を攻略するつもりはないのだけれど、せっかく一緒の外出ならば……。
「何かエイダン先生と繋がりのある緑色の物を身につけておくべきだったかしら。」
ぽろりと漏れでた声。それを聞き付けたエイダンが驚いたように目をぱちくりとした後、顔をほころばせる。
「私の色を身にまといたいと……?」
エイダンにそう言われてようやく、心の声が漏れてしまっていたことに気づいた。
エイダンは私の顔を見ながらも、じわじわと私との距離をつめる。私は口元を両手で隠し、もごもごと返事する。
「いや、そういうわけでは、いえ違うわけでも………いや、えっと、えっと……。」
せっかく喜んでいる相手に思い切り否定するのも失礼にあたる。でもそういう意味な訳ではないし、でも相手の色を身に付けるのはそういう意味に繋がるわけで……。
どう答えれば良いか考えあぐねていると、エイダンは私の髪を結んで長く垂らされていた菫色のリボンの端を、大切なものを扱うように持ち上げて口づけてきた。
ひゅっと息が止まる。
「祭には食事だけではなく、リボン等の装飾品の出店もあります。ぜひ記念に何かプレゼントさせてください。緑色の物を。」
私を見つめる目が熱をはらんでいる。その瞳に囚われてしまいそうな自分が、普段の私とは違う別の物になってしまったようで怖くて。
隣のエイダンから距離を置こうとするけれど、すぐに馬車の壁に体が触れる。今、私の顔は赤い。逃げ場がない。
その時肩から掛けてたショルダータイプのポシェットが揺れて体に当たったことで、はっとリアムの言葉を思い出して、ポシェットを掴んで胸の前でエイダンとの壁にするように掲げた。
「ポシェット………?そういえばポシェットがどうとか、リアム様が言っていましたね。」
リボンを持ったまま近い距離に身を寄せてきていたエイダンが、私からポシェットに視線を落とす。
それにすかさず答える。
「何かあったら身を守るようにと、お兄様から……いただいた短剣が中に……。」
エイダンが笑顔のままその場で固まる。
「……お優しいお兄様ですね。」
『そこまでするのか』という副音声が聞こえた気がした。
感心しているような少し引いているような複雑な気持ちがエイダンの言葉から読み取れて、何故か私が恥ずかしくなる。
エイダンの今のその気持ちはよくわかる……。
「優しい頼りになる兄です。」
短剣はやりすぎだとは思うけれど、私のことを思うからこそなのはわかっているので、恥ずかしいけれどその優しさが嬉しい。
「その優しいお兄様より、頼りにして貰えるように頑張ります。」
エイダンは名残惜しそうにリボンを手から離すと、フロックコートの内側に手をいれて、内ポケットから小さく折りたたまれた封筒を取り出した。
「マリー様にずっとお伝えしたかった件について、お話しします。」
唐突にエイダンの声のトーンが甘いものからピリッと引き締まったものに変わる。
公爵家で話せなかった紅茶のことだと察しがつき、自然と緊張して身体が強ばる。
「この匂いに覚えがあるでしょう?」
差し出された封筒はしっかりと封がされていた。封を開けた途端、嗅いだことのある匂いが鼻腔に入る。
中には赤茶色の粉砕された茶葉らしきものが入っている。
その香りは公爵家で飲んでいた紅茶のもので間違いなかった。ただ飲んでいた紅茶よりもハーブの匂いがきつく感じられたので、これ以上嗅ぐのを避けるように封筒を閉じて折りたたみ、エイダンへ返す。
「飲んでいたお茶の匂いです。」
「これは私が大学で師事していた教授の研究室で、研究用として金庫で保管されていたものを少し拝借させていただきました。」
私が封筒を返すと、エイダンが隠すように懐にそれを戻す。
物は言い様だが、つまりエイダンは私に見せるために研究室から盗んできたことになる。
そして確かエイダンが卒業したのは、王立の大学だったはず。ということは……。
「これは国主体で研究がされているものです。その上、このハーブは、王ならびに五大公爵家の許可があって初めて使用できる催眠作用のあるものです。」
「王と五大公爵家?!催眠作用?」
情報量が多すぎて頭が回らず、思わず額を押さえる。王と五大公爵家が関わる、催眠作用のあるものを、なぜただの貴族の小娘であるマリーが飲まされていたのか。頭を悩ませる情報が増えてしまい、頭が痛くなってきた気がする。
ただ、別の事実にも気付いてしまった。
「エイダン様は、何故、そのハーブのことをご存知なんですか?」
ハーブは国主導で研究、かつ五大公爵家も関わっていることなのに、ゲームでは一切描かれていない。つまり、その研究は秘密裏に行っていることなのがわかる。
その研究を知り、ハーブの効果も知っているのは……。
「私と伯母のジェシカも、一時、その研究に関わっていたからです。」
ゲームにはなかった情報が、また増えた。




