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本日の窓の外はドがつきそうな程の快晴。
窓を開ければ心地よい風が頬を撫でる。素晴らしいほどの祭り日和だった。
公爵家で働く侍女達も交代で休みを取って祭りに出かける予定らしく、特に仮面をつける初日2日間の休日を取る為に、し烈な争いがあったとかないとか。
今日の私の装いは、濃い菫色のワンピース。
胸元は繊細な白いレースの上に同色のガラスビーズを使った刺繍がされており、7歳の子どもが着るには少し大人っぽく質素、悪くいえば地味に見える。
ただマリーの顔は恐ろしく造形が良いので、質素さがその美しさを更に際立たせて、大人っぽく見せるために背伸びした美少女に見せていた。
髪の色も目立つので、今日は染め粉でありふれた茶色の髪に染めかえている。その髪を服と同色の菫色のリボンでハーフアップにしている。髪色が変わっても元が良いので、美少女に変わりはない。
前世の一般的日本人顔だった自分の顔を思い返し、マリーは鏡を見て深くため息をついた。
髪の色を染めかえているのは、お忍びのお出かけだからだそうだ。
貴族子女の中で私の顔は知らずとも、五大公爵家の令嬢マリーの髪色が見事な青銀髪であることは伝わっているらしく……。
今日エイダンと出かける劇場は、平民は1階の桟敷席だけれど、貴族は座る席が2階以上のボックス席と決まっている。
貴族が座る劇場のボックス席に男女で座っていて、かつその片割れが青銀髪だったとすれば、すぐに公爵家のマリーだとばれてしまう。そうなると芋づる式に、マリーが男と劇場にいる=婚約者がいると思われてしまう=マリーの婚約者はエイダンだと判断されてしまうのだとか。
それをエイダンが狙っていたとしたら、相当な策士だと思う。
それを避けるために、ダニエラの指示で私の髪色はよくある色味の髪に染められてしまった。服装も少し格を落とした地味めの物に。
それでも美しさが際立ってしまうのだから、美人は得である。
その上で王からいただいたアミュレットを身につけて、リーゼに会った時のように服の中に隠している。
リーゼから話を聞いてから貴重な物だと理解したので部屋の宝石箱に入れて保管しておきたかったのだけれど、身を守るものだからと出かける時に着けておくように指示されたからだ。
「マリー、少し話があるんだが、いいか?」
出かける準備を終えて部屋で紅茶を飲んで一息ついていると、リアムが訪ねてきた。
「どうぞ。」
私が答えると同時にリアムが入ってきたかと思えば、私の姿を見て固まった。髪の色が違うから違和感があるのかもしれない。
「髪の色は違いますが、お兄様の妹のマリーですよ。間違いないです。」
そう答えるとやっと頭が回りだしたのか、メガネを外して額の当たりに手を当てて俯いたかと思えば難しい顔をして
「少し待て。」
と言ってリアムが部屋からでていく。
何事かと思いながらも待っていると、リアムは何かを携えて私の部屋に戻ってきた。
そうして私に差し出したのは、鞘に煌びやかな装飾のされた短剣だった。私の手に少し余る程度の果物ナイフのような小ぶりのもので、今日持っていく予定のポシェットにも入りそうなサイズ。
「劇場のボックス席はオープンで人目につきやすいが、演劇が始まれば人目は舞台に向く。その時に影でエイダンに何かされそうになったら容赦なくこれを使え。」
真顔でものすごく物騒なことを言われてドン引きしたが、無理やりに手に持たされてしまった。
私の傍についていた侍女達は、そうまでして妹を守りたいのねと優しい目をしている者もいれば、私同様に引いて見ている人もいた。ちなみにソフィアは後者だった。
「そんなことを伝えに来たのですか?」
ややあきれ顔で尋ねると、人払いされて部屋の中は2人だけになった。
「マリーが飲んでいる紅茶のことを、それとなく母に聞いてみた。」
リアムの真剣な顔に、思わずごくんと唾をのむ。
「だがマリーの美容のために用意しているものだとはぐらかされてしまった。母が紅茶の中身をわかっているのかも、表情が変わらなくて判断がつかなかった。今は仕入れている業者を、従者のジェイを使って探らせている。ジェイの実家は商家とも繋がりがあるから、そういうことに詳しいんだ。」
「あまり無理はなさらないでくださいね。」
ジェイも貴族とはいえ、男爵家の者が公爵家の内情に関わることを調べているとバレれば、どうなるかわからない。
「私も今日、エイダン先生に紅茶のことを詳しく聞いておきます。家では勉強の時間に聞くタイミングがなかったので。」
勉強の時間にも室内に他の侍女や執事が待機しているので、紅茶について聞けるタイミングがなかった。2人で出かけるその時がチャンスなのだ。
私がそう言うと、リアムがテーブルに置かれた先程の短剣を指差す。
「そのことを教えるのを条件に何かされそうになったら、容赦なく使え。」
また真顔でそう言うリアムが怖い。ドン引きし、曖昧に笑って誤魔化した。刃傷沙汰はごめん被りたい。
※ ※ ※ ※ ※ ※
エイダンが私を迎えに公爵家を尋ねると、私の姿を見て目を大きく見開き、少し残念そうな顔をして微笑んだ。
「いつも美しいですが、その髪色も素敵ですね。いつかありのままの姿のマリー様と、劇場に出掛ける許可をいただきたいです。」
「そんな日が来る予定はない。」
やはりエイダンに、そういう意図があったらしい。それに気づいて私の心臓が早鐘を打つと、私が返事するより先にリアムがエイダンの視線を遮るように私の前に立つ。
「予定は未定ですが、無理と決まっているわけではありません。リアム様も妹が大事なのはわかりますが、いつかその妹を見送る日が来るのです。マリー様もいつまでも子どもではありませんので、貴方も大人になられてはいかがですか?」
それにめげずにエイダンは大人の余裕を持った笑みをリアムに返す。
「そんな日は来ない。」
何故か確信めいた言葉を返すリアム。
私を差し置いてバチバチと火花を散らす様子に、ため息をつくしかない。
端から聞いたら、リアムの言葉は完全なシスコンに聞こえる。
リアムが不意に振り向き、
「ポシェットの中身、ちゃんと使えよ。」
と物騒なことを言うと、もの凄く不機嫌な顔をして腕組みしてエイダンを一瞥し、深く深く息を吐いて横に退いた。
ようやくエイダンと出掛けられそうだった。




