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 これはリアムだけでも、私だけの問題でもない。これは1周目のマリーにも関わっている問題だ。

 公爵家は2周に渡って紅茶を飲ませて、父親のことを思い出すのを抑えつけていた。

 リアムに謝られて済む話ではなく、リアムとて自分1人が謝ったところで許される話ではないとわかっているだろう。

 これはこれからの話をする上での、リアムのけじめにすぎない。

 そう理解しているけれど、私はリアムに言われた言葉に、胸を突かれた気がした。



 そう、私は1人だった。

 ゲームの中の世界で、前世の私のことなんて誰も知らない場所でたった1人。

 どうにか仲間が欲しくて、事情を話した上で心から打ち解けられたと思ったソフィアは、アクセルの言葉で信用できなくなった。

 義理の両親も信じられず、たった1人で頑張るしかなくなった私の気持ちを、リアムが理解してくれた気がした。

 そう思ったら胸が熱くなって、ぐっと締め付けられて……気づいたら熱いものが頬を伝っていた。



「マ……泣いて……お、落ち着け、擦ったら傷がつくから!」



 顔を上げたリアムが目の前でおろおろおたおたとしているのが見える。困られているのがわかるのに止まらなくて、私は目元を何度も手で拭う。

 私は張り詰めていた糸が切れたように、大泣きしてしまった。

 私が目元を擦るのを案じて、リアムは取るものも取り合えず自分の上着を脱ぐと、目元を擦る私に押し付けた。

 口から漏れる音は嗚咽混じりで、顔も涙も鼻水でぐちゃぐちゃで、端から見たら到底、貴族のお嬢様には見えないとんでもない姿だ。

 鳴き声が室外に漏れないよう受け取った上着に顔を押し付けると、そのまま泣き続けた。

 リアムはぎこちなく私に手を伸ばすと、私の頭に手を置いて撫でる。その仕草が温かくて、私の味方だと言っているようで、更に涙が止まらなくなった。

 リアムは私が泣き止むまで私の頭を撫で、根気強く待っていてくれた。



 ようやく涙が落ち着いて顔をあげると、泣きすぎて腫れぼったくなったであろう私の顔がよほど酷かったのか、リアムは吹き出すと口元を押えて顔を背けた。



「笑うなんて酷いです!」



 泣きすぎて声も枯れてがらがらで、私はリアムの前のテーブルにサーブされていて少し冷めた紅茶の入ったカップを奪うように取ると、勝手に飲み干す。



「お兄様は、こちらを飲めばよろしいのでは?」



 私が先ほどリアムに飲ませたハーブティー入りのカップをリアムに示すと、リアムはうっと顔をしかめた。

 笑われたことへの私の仕返しにリアムは唇をへの字に曲げた後、私が示したカップを取るとぐっと飲み干して見せた。

 その姿に呆気にとられていると、リアムはよほど美味しくなかったのかまた口元を押えた。眉間に深い皺を寄せながらと、自分自身に言い聞かせるように言う。



「マリーはこれをずっと飲んでいたんだ。1度くらい飲めなくてどうする。」



 そう言ってテーブルにカップを置くリアムが不思議で、つい聞いてしまった。



「何で私を信用してくれるんですか。もしかしたら、嘘をついているかもしれないのに。」



 考えてみれば荒唐無稽な話だ。

 公爵夫妻が私に無理やり変な味のハーブティーを飲ませているのは私に父親のことを思い出させないため……だなんて。

 リアムと過ごした期間1年も経っていなくては、リアムがずっと一緒に過ごしていたはずの公爵夫妻よりも短い。なのにリアムがなぜ私を信用してくれるのかわからない。

 私の純粋な疑問に、リアムは私をまっすぐ見て答えた。



「俺は、ずっとマリーの味方でいる。そう約束しただろう。マリーが頼んだのに忘れたか?」



 リアムと行ったケーキ店で、確かに味方で居て欲しいとは頼んだ。でもその場しのぎの口約束だとばかり思っていたので、約束を守ってくれたのが嬉しくて、また枯れたはずの涙が目元に盛り上ってきて、リアムの上着で顔を覆った。

 ゲームの中のリアムも、不器用だけど優しい人だった。

 顔を上げて、心から感謝をのべる。



「約束、守ってくれてありがとうございます。」



 私の言葉に、ただリアムがただ頷く。

 本当に、真っ直ぐで不器用で、優しい人だと思った。



「マリーの父親のことは、俺もよくは知らない。ただ叔母さんの葬儀には参加したが、父親が亡くなったとははっきりとは聞いてはいないな。」



 私が落ち着くのを待って、リアムは私が質問したことに答えてくれた。

 リアムが思案しながら答えていく。



「そこまでして隠す相手は、どんな人物なんだろう……。叔母さんの葬儀にも、父親らしき人物は参加していなかったように思う。」


「お茶を使って思い出させないようにしてまで、隠す人物……。」



 これは2人で膝を付き合わせて考えても、情報が足りなくて答えはでない。



「これについてはそれとなく両親に探りをいれてみよう。」



 こればかりは私が父親のことを思い出したことを知られるわけにはいかないので、私は動けない。リアムを頼るしかない。



「すみません、お願いします。お兄様。」



 私が縋るようにリアムを見上げると、リアムは何故か顔を背けて空気を変えるように咳払いをした。何故かその耳も赤かった。



 ひと心地つくと、私はソフィアのことも疑わしいことをリアムへと告げた。

 フローレス伯爵家でアクセルと会った時は、アクセルはソフィアと知り合いのようなことを匂わせていた。

 ただそれには、リアムは頭を振って否定してきた。



「ソフィアが王家と繋がっているとは思えない。公爵家で働く者はその者の紹介者も含めて厳しく審査されるから、おかしな者は入り込めない筈だ。」


「でも、確かにアクセル殿下は、ソフィアの知人から私のことを聞いたと……。」



 たとえそれが1周目の事だったとはいえ、ソフィアが誰かに私のことを漏らしたのはまちがいないのだ。

 私が確信をもってリアムを見ると、リアムは私の言葉を聞いて少し考えた後に口を開いた。



「ソフィアが誰にマリーのことを漏らしたのかは知らないが……、アクセル殿下と繋がっているのはそのソフィアの知人なんだろう?ソフィアがアクセル殿下にマリーのことを話した訳ではなく、アクセル殿下はその知人を介してマリーのことを知っただけじゃないか?」



 リアムの言に、私は「あ」と言葉を漏らす。

 言われてみれば、アクセルからソフィアと直接的な知りあいと言われた訳じゃない。

 ただリアムはそう言いながらも、眉間に皺を寄せて硬い表情を浮かべる。



「しかし誰かにマリーのことを漏らしているのは、アクセル殿下の言葉からみて間違いないだろう。ソフィアが公爵家うちで雇われた経緯も、それとなく調べてみよう。」


「ありがとうございます。何から何まで、お願いする形になってしまって。」


「気にするな。部屋で勉強ばかりしていて最近は少し鬱々としていたから、気晴らし代わりだ。」



 そう言って少しおどけたように口角を上げるリアムが、頼もしく見えた。


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