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「どういうことでしょうか?」
何故、リアムからそんな言葉が出るのかわからない。聞くのが怖いような気がして少し緊張して表情を硬くしながらも問い質す。
つい膝の上に置いていた手を握りしめる。
隣に座るリアムは困惑している様子の私が気がかりだったようで、片眉を下げ訝しげに私を見て答えた。
「父と母に、マリーが来る前日に言われた。マリーは両親がいない。特に父親の話をすると気が動転するから、マリーが自分からその話題をだすまでは、そのことを話してはいけないと……。」
「気が……動転………?私が……?」
「あぁ、だから、俺にその話をしたということは、両親の死を乗り越えて、吹っ切れたのかと……。」
リアムの答えに、口から乾いた息が漏れた。喉はからからに乾いていくのに、握りしめていた掌の内側には汗をかき、その手がワナワナと震える。
覚えてもいない人のことで、動転なんてするわけがない。
まるで私の為のような言い方をしてるけれど、明らかに作為がある。
まさかの事実に、頭がくらくらしてきた。
紅茶のせいで、私が父親のことを忘れていれば、リアムに父親のことを聞く機会なんてない。
もし1周目でも同様に公爵夫妻が同じことをリアムに伝えていれば、1周目では特にリアムと仲が良いわけではなかったから、父親のことを話す機会なんて更になかったはずだ。
そうまでして、あのおぼろげな夢で見た父親のことを忘れさせたかったのだろうか。
新たな事実に驚き固まったままだった私に、リアムが確認するように問いかける。
「吹っ切れた訳じゃないのか?」
私の様子から、明らかに違うことは察しただろう。リアムの顔からは、混乱しているのが伺える。聞いた話しと違うと、顔にかいてある。
私はリアムの問いに答える前に、侍女から私にサーブされた紅茶のカップを、リアムの前に移動させた。
「その質問に答える前に、この紅茶を飲んでください。」
私へのお茶は、例の紅茶を用意するように侍女に言いつけていた。
私の懇願するような視線に、リアムが紅茶のカップを迷うことなく手にとる。
「いつも、マリーが飲んでいる紅茶の匂いだな。」
紅茶から立ち上るハーブの香りにリアムがそう呟くと、一口、紅茶を口にする。飲んで直ぐにリアムは顔をしかめると、何とか飲み込んだ紅茶を嚥下して、カップを机に戻して口元を押さえた。
「随分と……酸味が強くて……。」
私がいつも美味しそうに飲んでいたものだからはっきりと言いづらいのか、もごもごと小さく感想を述べる。その言葉に、私は大きく頷く。
「ええ。美味しくない。不味いお茶ですよね。」
リアムに同意を求めるようにその顔見て言うと、リアムは驚いたように私を見返した。
不味いとわかっていて、何でそんなものを飲んでいたんだ?と言わんばかりの顔だった。
「この紅茶を、私はずっと美味しい紅茶だと思っていたんです。酸味より、むしろ少し甘味を感じるハーブのお茶だと思っていました。ごくごく最近まで。」
「この紅茶が甘い……?本気か?」
私から視線を紅茶に移した後、紅茶の酸味を思い出したのか、またリアムが口元を押さえて表情を歪める。そんなリアムに向かって続ける。
「この紅茶は私が別荘で過ごしていた時も飲んでいて、疑問にも思わず美味しいと思っていたんです。でも家庭教師のエイダン先生から『この紅茶に注意するように』と書かれた手紙を貰ってから、疑うようになりました。先生はお医者様でもありますから、何かこの紅茶に使われているハーブについてご存知なんだと思いました。」
私がエイダンの名前を出すと、急にリアムが少し苛立ったように口調を荒げた。
「は?家庭教師のエイダンがそんなことを?何でそれを早く相談しなかった?そして、何故、あいつの言うことを信用できるんだ?嘘を言っているかもしれないだろう?」
エイダンの言っていたことを信用しだした理由は説明できない。だって、まさか1周目でもこの紅茶を飲まされていたのに気づいたから、なんてことをどう説明すればいいかなんてわからない。
そもそも何でリアムが急に怒り出したのかわからなくて、私は目をぱちくりとする。
その視線も威圧的でリアムの身体が大きく感じられてしまい怖くて、思わずリアムから少し離れるように身をずらす。
そんな私の姿に気づいたリアムは少し頭が冷えたのか、視線を落として唇を軽く噛んで俯いた。
「悪かった。その……何というか……。」
急に憤った理由を説明しようとしているようだけれど、何だか言いづらそうにしていて要領を得ない。自分の指を握ったり開いたり、あーとかうーとか言って、煮え切らない態度が続く。
エイダンより兄である自分を頼って欲しかったんだろうかと思い、私は釈明した。
「勿論、すぐに信用した訳じゃありません。先日、第1王女のリーゼとお茶会をした後から、エイダン先生がこの紅茶について注意を促してきた意味を悟り、信用するに至ったんです。」
リーゼからお茶会で古代遺物を貰ったこと。
そのアーティファクトが、大きく割れてしまってから、憑き物が落ちたように身体が軽くなった感覚がしたこと等、お茶会であったことを説明に加えていく。
「そのお茶会の翌日から、あの紅茶の味が酸っぱくて美味しくない物に変わりました。そして、不思議な夢を見るようになりました。それらはすべて、父親の夢だったんです。まるで忘れるように押さえつけられていたものが、解放されたような。それからこの紅茶には、本当の父親のことを思い出さないようにする暗示をかける作用があるんじゃないかと思って、お兄様に相談しようと思ったのです。だから最初に、私の本当の父親のことをご存知なのか聞いたんです。」
訳を話せば話すほど、公爵夫妻に対する疑念がわいて止まらなくなっていた。
その原因であるお茶を用意したのは公爵夫妻だからだ。
私がすべてを話し終わると、リアムは先程飲んだ紅茶に視線をやった。今度は怪しい物を見るような視線を紅茶へと向けながら。
「改めてお聞きします。私の本当の父は、亡くなっているんですか?何か公爵夫妻から、私の父親のことを聞いていますか?」
私が再度、同じ質問をリアムへと投げ掛けると、リアムは私の方に膝を向ける形で身体の向きを変え、自分の膝に手を置くと私に深々と頭を下げた。
「これを1人で抱えるのは不安だっただろう。俺はその不安を与えた原因である両親の息子だから、尚更言いづらかっただろう。悪かった。」
マリーが火傷で倒れていた時に父親の夢を見れたのは、寝込んでいたことで、その間は例の紅茶を飲めなかったからです。




