84
勿論、変化はそれだけじゃない。
その日から、妙な夢を見るようになった。
最初は前世の、新垣真理だった時の父親との思い出だった。
病気が発覚して入院するまで、父親は休日にはよく遊びにつれていってくれる人だった。
夏休みにオートキャンプ場に出掛けてバーベキューをしたり、遊園地に連れていってくれたり、家族でピクニックに出掛けて浜辺を手を繋いで歩いたり。
その時の思い出を辿るように、父親との出来事が夢に現れた。
その翌日に見たのは、おぼろげな視界の、ぼやけた夢だった。
それが夢だとわかったのは、私がアクセルに湯をかけられて火傷して寝込んだ時に見た夢と似ていると思ったからだ。
わりと印象深い夢のはずなのに、2度目にそんな夢を見るまで、何故か私の記憶から消えていた。
誰かにしっかりと抱えられている感触。そしてほんのりとした明るさの中、見えるのは銀色の何か。
必死にそれに手を伸ばすと、私を抱えていた誰かがその手を柔らかく包むように握り、その手のひらに唇を落とした。
「マリー。また……い………。」
低く優しい声が自分に語りかけてくるけれど、はっきりと聞こえず、何を言っているのかわからない。
そこで夢が終わり、目を覚ました。
その翌日に見たのは、オーランド公爵の夢だった。
一緒に食事をしたり、書斎で紅茶を飲んだ時など些細な出来事が私の記憶を辿るように、まるで思い出のアルバムのページをめくっていくように、目の前で実際に現実に行われていることのように、浮かんでは消え、浮かんでは消え、すべての思い出がコマ送りのように流れていく。すべての思い出が流れると夢は終わり、私は目を覚ました。
3日間の夢は、異様だった。
敢えてそれらの夢に共通点を見つけるならば、3つのうち2つの夢に共通するのは『父親』。
そこに考えが至った時、私は別のことにも気づいた。
私は何故、マリーの本当の父親について、考えたことがほとんどなかったのだろうか……と。
1度だけソフィアに、父親のことを知っているかと尋ねたことはある。けれど知らないと言われて、あまりにあっさりと引き下がった。
まるで、そのことを考えることすら放棄していたような。
そして、2日目に見た夢は、もしかしたらマリーの本当の父親の夢だったのではないか……とも。
リーゼから貰った石が割れてしまってから紅茶の味が変わって、父親の夢を見た。
そしてエイダンから、あの紅茶に気を付けるようにも言われていた。
1周目でもマリーは実の父親について考えたことなどなかったし、ゲームではマリーの実の父親についての描写は一切なかった。
ただ公爵の妹が産んだ娘であり、本当の公爵の娘ではない私生児という情報のみ。
そして、マリーは前世でも同じ紅茶を飲まされていた。
一連の出来事に、何らかの意味があるような気がしてならなかった。
例えば、あの紅茶を飲むことで、敢えて本当の父親のことを忘れさせるような効果を与えられていた……とか。
それなら、どう考えても辻褄が合う。
不自然なくらい、父親の存在を隠されている。
1人でその謎を抱えるには不安すぎて、怖くて、私は己を身体を抱き締めるようにしてベッドの中でうずくまった。
ソフィアは隠れ家の時から私に紅茶を飲ませていた。公爵も、書斎で話をした時にはあの紅茶を飲ませてきた。その妻であるダニエラも、2人でテラスでお茶をした時、例の紅茶を用意した。
ソフィアも公爵夫妻も信用できない。
紅茶のことを何か知っているらしいエイダンに相談したいけれど、家庭教師として来た時も必ず家令のエドワードが同じ室内に待機しているし、ゆっくり相談できそうにない。
公爵家の中で信用できてすぐに相談できそうな人は、たった1人。兄であるリアムしか思い付かなかった。
「お兄様、今、よろしいですか?」
ベッドの中に入り込んでクシャクシャになった身なりを整えてからリアムの部屋を尋ねると、リアムはすぐに私を部屋に招き入れてくれた。
リアムは勉強中だったのか、部屋の奥の窓際のデスクの上に、本やノートらしきものが散逸している。
「お邪魔でしたか……?」
気になって確認すると、
「いや、少し休憩を入れようとしていたところだから、大丈夫だ。」
そう言って、奥に行ってノートや本の整理をすると戻ってきた。
リアムは来年、デビュタントを経て貴族の一員として迎えられる。
そのデビュタントの時に次期公爵と紹介もされるせいか、少し気を張り詰めていて、ここ最近は硬い表情を浮かべている。
最近は勉強に根を詰めているようで、食事の時以外は部屋に籠ることが多くなっていた。
その成果で、通うことになる学園では常に1位をキープするけれど、ライアンが出現するゲーム2周目では万年2位に追いやられるから、少し可哀想ではある。
ほとんど外にでないからか、心なしか顔が青白い気すらする。
そんな勉学に尽力している時に相談に乗って貰うのは気が引けるが、背に腹はかえられないし、藁をもつかむ思いだった。
「ではちょっと相談があるので、休憩がてらお茶も一緒にしましょう?」
勝手知ったる我が家のように部屋のソファーに座って提案をすると、
「そうだな。」
リアムはまたデスクに向かい、お茶を頼むためにデスクの上に置いていたベルを鳴らす。
チリリという音を合図に、侍女が紅茶とお菓子を載せたカートと共に部屋に訪れた。
「随分と準備が良いんだな。」
まだ頼んでもいないお茶を運んで来た侍女に対して目を丸くするリアムに、私が説明する。
「お兄様の部屋に行く前に、ベルを鳴らしたらお茶を持ってくるように頼んでいたんです。」
「だからか。」
リアムは侍女に向けていた関心を私に向ける。
「勉強に根を詰めすぎなお兄様に、無理矢理にでも休憩して貰おうと思いました。」
本当の理由は別にあるが、休んで貰いたいのも事実なので、嘘は言っていない。
微笑みながら告げて自分の座っている隣の座面をポンポンと叩くと、リアムは苦笑しつつも悪い気はしないのか、私の勧める通りに私の隣に座った。
侍女は私とリアムの前に紅茶とサーブすると、部屋から出ていく。これで部屋の中は2人だけになった。
私は気合いをいれるようにフゥと大きく息をすうと、話のきっかけとしてこう切り出した。
「お兄様は、私の本当のお父様についてご存知ですか?」
私の突然の質問にリアムはキョトンとして目をしばたたかさせた後、ぽつりと口にした。
「そうか……マリーはやっと吹っ切れたのか。」
そう漏らした後、何故かホッとしたような顔をするリアムが理解できず、今度キョトンとさせられたのはこちらの方だった。
質問に対する反応として、リアムの言葉は不可解すぎた。
勝手に納得して理解しているような様子は、不可思議だった。




