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 ひとしきり笑った後、リーゼは私の胸元のアミュレットを見て思い出したように付け加えた。



「そういえば、その神官は少し変わった方でして……。」


「変わった方……?」



 リーゼの言葉をおうむ返しする形で聞き返すとそれにリーゼが応じる。少し困惑した顔で、小首を傾けて。



「ええ。儀式の時には、必ず仮面つけているのです。」


「仮面……とは、建国祭で皆がつけるような物でしょうか?」



 建国祭は言葉の通り、この国の建国を祝う祭だ。

 建国祭では国立劇場で有名な俳優による歌劇が上演されたり、いつもは何もない大通りに盛大な祭りの屋台広場が作られたり、各国から観光客が押し寄せる。


 祭は5日に渡って行われ、初日と2日目に参加する者は、全員が顔に動物を象った仮面をつける。形は様々で、顔全体を覆うようなものだったり、顔の半分だけのものだったり。

 仮面をつけて顔をを隠すことで、この日は身分など関係なく、皆で共に仲良くこの国の建国をお祝いしようという習わしだ。ただし表向きは。

 仮面をつけるとはいえ、いくら身分を隠していても、衣服や着けている仮面の豪華さで平民か貴族かなんて直ぐにわかってしまう。

 勿論警備の兵士は配備されているけれど、祭りで皆の気分が高揚しているので、騒ぎに紛れて喧嘩や盗難などの騒ぎも多い。いくら祭で身分差などないという習わしがあっても、平民と貴族間で何かあれば、即座に平民は刑に処されてしまう。

 みんな命は大事なので、貴族は貴族街で、平民は平民の生活する場所で祝うという棲み分けがきちんと出来上がっている。

 ただし建国を祝う祭礼が行われる教会は、いつもは礼拝の時には貴族が座る場所も平民が座る場所も明確に定められているけれど、その2日間だけはその決まりが撤廃され、貴族も平民も入り交じる形になる。

 教会のいつもは貴族のみしか入れない区域に、2日間だけは平民も入れることになっている。

 勿論厳重な警備はされているものの、美しい調度品や絵画を見たいと多くの平民が訪れるらしい。

 ちなみに前世のマリーは、平民と入り交じるなんて冗談じゃないと、初日2日間には教会に立ち入ることすらなかった。

 閑話休題。


 私の質問に、リーゼがいいえと頭を振る。



「建国祭の時につけるのは煌びやかな飾りのついた物だと思いますが、その神官は飾り気のない真っ白な物をつけていました。目元と鼻の部分、顔の半分だけを覆うような。」



 そういって、仮面をつけているかのように両手の人差し指と親指で楕円を作って、自分の顔に当てるリーゼ。

 リーゼが人伝に聞いた話によると、その神官は常日頃から仮面をつけているらしい。

 建国祭だから仮面に違和感がないだけで、仮面を普段から着けているのならば、よほどの理由がない限り随分とおかしな人だ。

 仮面といえば、私が思い付くのは有名な歌劇の怪人だ。その仮面の怪人は確か、醜い顔を隠す為につけていた気がするけれど……。



「あまり人前に出ずに仮面をつけて顔も見せないとなると……子ども嫌いというよりは、人と接するのが嫌いなのかもしれませんわ。」



 そんな理由があるならば納得できるとリーゼを見ると、リーゼは頬に手を当ててまだ怪訝な顔をして見せる。



「でもそれならば、なぜ祈願式も生誕祭も教皇に任せてしまわぬのでしょう。表に出てこない仕事に従事している神官などたくさんおりますのに。」



 いくら考えても、情報が足りず答えなどでない。

 本人にでも聞かないと出てこない答えだけれど、子ども嫌いで表に出てこないのならば聞きようがない。



「考えても仕方のないことは、どうしようもありませんわ。ともかく今は、お茶を楽しみましょう。」



 まだ気にしている様子のリーゼに私が告げると、リーゼは緩やかに口角を上げる。

 肩で波打つ美しい金の髪を後ろに撫で付けると、リーゼは私の言葉に沿うようにカップを手に取った。




 侍女もいないので、互いにポットに入った紅茶をサーブしあう。

 リーゼはいつも侍女に任せているからか慣れていないようで、お茶が入って重いポットを持つ腕が震えるので、こぼして火傷してしまわないかヒヤヒヤした。私が代わろうかと椅子から腰を上げても、ぷるぷると腕を震わせながらも真剣にお茶を注ぐ姿を見たら止めることも出来ず、固唾を呑んでその様子を伺った。

 見ているのが怖くて、思わず握りしめた手の内側に汗をかいてしまったけれど。

 テーブルクロスに少し茶色いシミが出来てしまったのは、ご愛敬だ。


 今日はリーゼとの仲を深める為のお茶会だけれど、私はそれ以外にリーゼに少し探りをいれたい事があった。

 それは、アクセルのことだ。

 フローレス侯爵家のお茶会では私が言えない空気にしたから話されることはなかったけれど、2周目の世界を生きているアクセルは私がオーランド公爵の実子でないことを知っている。あの男のことだから、別のお茶会ででも直ぐに私の秘密をばらして貶めるくらいしそうな気はしたのに、そんな様子がない。

 公爵や公爵夫人ダニエラは社交で貴族とのお茶会やパーティーに参加しているのに、そんな噂を聞いてきたような様子はない。故意に私に隠しているのでない限りは。

 それに家庭教師達の対応も今までと変わりなく、私を公爵の娘として扱ってくれている。

 動きがないからこそ、何を考えているのかわからなくて怖いのだ。

 しばらく談笑した後、リーゼにそっと話を切り出した。


「リーゼ様は、フローレス家でのお茶会の後、アクセル殿下とはお会いになられました?」


「兄と……ですか?」



 フローレス家でのことを思い出して気にしての事と思ったのか、リラックスしていた様子のリーゼが身を硬くしたので、慌てて否定するように言葉を紡ぐ。



「あのお茶会の時に、初めて会ったはずの私の事を知っているような口振りだったもので。リーゼ様が、何かアクセル殿下から話を聞いていたかと思いまして……。」



 私が理由を告げると、リーゼがほっとしたように身体に入った力を緩めるのが目に見えてわかった。ただすまなそうに肩を落とす。



「申し訳ありません。ここ最近、アクセルお兄様と会ったのは、半月前の祈願式の1度きりなのです。お兄様とは月に2度ほどお茶をする程度の交流はしておりましたが……。私が自分の宮から自由に出れるようになってからは、まだお話はできていないのです。」



 力になれないことをすまなく思っているのか、少しずつ声が尻窄みになっていく。

 確か王の妃は住まう宮がそれぞれあるらしい。会うのがもともと月に2度だけということは、普段の食事も常日頃から別にしているのだろう。

 俯きがちだったリーゼが、はっと何か思い出したのか、声が急に大きくなった。



「ただ祈願式では少し機嫌が悪いように見えました。お父様と目を合わせようとしていませんでしたし、何か叱られたのかもしれません。」


「そうですか……。」



 機嫌が悪かった理由は気になるけれど、アクセルがリーゼには私の秘密を話していないことくらいしか情報は掴めなかった。アクセルから聞いているのに嘘をついて知らない振りの演技をしているのだとしたら、たいした女優だと思う。



「あ!アクセルお兄様の話で思い出しました。マリー様にお渡ししたいものがあるのです。」



 リーゼは口元に手を当てたかと思うと、唐突に後ろ向いてごそごそ探る仕草をして、リボンが巻かれた箱を取り出して私に差し出した。

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