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服の中からチェーンの先についた透明な滴型の石を取り出して見せる。
窓から差し込む陽光を受けて、カットの入った石はいっそう煌めく。石に光が通過すると、複雑なカットのおかげで部屋全体に虹色の光が乱舞がする。角度によって光の具合が変わり、とても美しい。
掌の上に石を乗せてリーゼの方に差し出すと、リーゼは目を見開いて石を凝視した後、部屋中に広がる煌めきに目をやり、次に何か思案するように少し難しい顔をして机に視線を落とした。
「リーゼ様………?」
まるでこの石について何か思い当たるものがあり、何か思い出そうとしているような様子だった。この石がなんなのか急に不安にかられる。
パッと顔を上げたリーゼと目が合うと、リーゼは再び石に視線を戻し、ようやっと口を開いた。
「急に黙ってごめんなさい。これを貰った時、何と伝えられましたか?」
リーゼの確認するような問いかけに、公爵に貰った時のことを思い返す。
「確か……教会の高い地位におられる方が祈りを捧げた物だと。」
「やはり……。私はこれを何度か見たことがあるのです。」
「見たことが……ある……?しかも何度も?」
私が目を見張ると、リーゼが続ける。
「はい。恐らくは、神の生誕祭と五穀豊穣を願う祈願式で、儀式を担当していた神官がいつも身につけていた物かと。」
それからリーゼが儀式について説明してくれた。
王族と教会が行う儀式は多岐に渡り、王城で行う儀式はほとんどは教皇が担って執り行っているらしい。ゲームの攻略相手である6人のうち1人に教皇子息がいる。その父親だろう。
ただ神の生誕祭と祈願式だけは、教皇ではない1人の神官が担当しているそうだ。
「王族は王城で行われる教会の儀式には小さな頃から参加する義務があるのです。私も3歳から参加しておりますが、初めて生誕祭に参加した時に神官が身に付けていた物があまりに綺麗で、儀式が終わった後にアレが欲しいと父にねだりました。けれどそれだけは叶えてあげられないと、許されませんでした。儀式に参加する度、綺麗だと思いあこがれていたのですが、半月前の祈願式では身に付けていなかったので、不思議に思っていたのです。」
半月前といえば、私はこの石を公爵から受け取った後だと思う。
「もしかして……これが…………?」
「恐らく、その輝きは間違いないかと……。」
リーゼは憧れていた物が目の前にある為か、ホゥと息を吐いた後にうっとりと石を見つめた。
「私の父も、その神官が所持していた物だと知っていたのでしょうか。」
「祈願式には高位貴族も参加するので、恐らくは……。」
その答えで、石を私にと贈られただけで公爵が登城を決めたのに納得がいった。
教会で一番地位の高い教皇の代わりに王族の関わる儀式を行うということは、かなり高位の神官だと考えられる。
王族であるリーゼすら手に入れることが叶わなかったほど貴重な、高位の神官が身につけていた物を贈られたのだとわかれば、登城を決めたのもわからないでもない。
あまりに貴重だからこそ、誰にも言わないように公爵は言ったのだろう。リーゼは王族だし事件の関係者だから教えても良いと思ったけれど、間違ってしまったかもしれない。
ただそこで気になるのは、王族であるリーゼが欲しがっても手に入れられなかった物を、下位の貴族である公爵令嬢が手に入れてしまったことへのリーゼの心情だ。
リーゼは石の美しさに改めて魅せられているようではあるけれど、最初こそ石を見て驚いてはいたものの、今、私に対して羨んでいる様子はない。でも私がリーゼの欲しいものを奪ってしまったようで、心地が悪い。
「これは私が持っていても良いのでしょうか……。」
何だか気後れしてしまい思わず口から漏らすと、リーゼは慌てた様子で頭を振った。
「申し訳ありません!物欲しげに見たと思われたなら謝罪いたします。私にダメだと言った父が許し、マリー様の為にとその神官が手放したのであれば、その石は元々私のもとに来る運命にはなかったのだろうと思います。それはまさしくマリー様が持っているべき物ですわ。」
一切私を羨むことないその潔さに、私は感嘆した。
何て心が広くて素晴らしい女性だろうと。
これを貰ったのを知ったのがアクセルならば、自分に寄越せと奪おうとしただろう。一周目のマリーの性格ならば、公爵に黙っているように言われても自慢げにつけて歩き、特別な物を貰ったのだとアピールしたに違いない。
無論、一周目のマリーならばこの石を貰うこともなかっただろうけれど。
そう考えると、アクセルと一周目のマリーは性格が似ていて、ある意味お似合いだったのだろうと思った。今世では婚約する気はさらさらないけれど。
「ありがとうございます。大事にいたします。ただ、知らなかったで済む話ではないかもしれませんが、このことは内密にお願いできますか?」
「ええ、勿論です。けれど身に付けたいとまでは言わないので、少しの間だけでも、このお茶会の間だけは服の内側に隠さずに見せていただいても良いですか?」
「ええ。喜んで。」
アミュレットの石は私の胸元で光を受けて輝きを放つ。それを見て、リーゼは微笑んだ。
公爵が登城を決めた理由は理解したけれど、それほど貴重とされるものならば、なぜ私が火傷をしたくらいで譲られたのか。その理由だけは見当がつかない。
アクセルの婚約者にするというのは別にして、賠償金を払うとか、他にも許しを得る方法はあるだろうに。
「これを下さった神官に直接お礼を言うことはできるでしょうか?」
私の問いに、またリーゼが難しい顔をする。
「無理だと思います。その神官はあまり人付き合いが好きではなくて、教会の大神殿の奥の部屋で、儀式以外ではほとんど人前に姿を見せないそうです。石を貰うのをダメだと言われた時にそれならば近くで見せて欲しいとお願いをしようとしたら、父にそう言われました。その上、特に子どもが苦手なんだそうです。」
「では子どもである私達では……。」
「「難しいでしょうね。」」
声がハモリ、その言葉を合図に目が合い、何だか可笑しくなってお互いにクスッと笑い合った。