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 特別室の中では、リーゼがテーブルの前で立って私を待っていた。先ほどまで座っていたのかドレスの袂に皺の跡がとれずについたままなのが目につき、私が来たことを侍女に知らされたことで慌てて立ったようだった。


 リーゼの少し後ろにボブヘアの侍女が1人立ち、私と目が合うと体の前で手を重ねてスッと頭を下げる。

 リーゼは先ほどのシニヨンの侍女のものとは違う満面の笑みを浮かべ、私を迎えた。

 艶のある金髪、宝石のように輝くばかりの美しい瞳、一応お忍びの茶会ともあって大人しい印象のドレスを身にまとっているけれど、その立ち姿は王女の凛とした気品を感じさせられた。

 彼女は一瞬視線を別のところに向けて表情を曇らせた気がしたけれど、すぐ視線を私に向けて笑顔に戻る。



「ようこそ。お待ちしていましたわ、マリー・オーランド公爵令嬢。」



 私を心から歓迎しているのがわかる笑顔だった。表情を曇らせた理由が気になりはしたが、今の曇り一つない表情を見たら、何も言うつもりはなくなった。ただの勘だけれど、曇りの理由が私とは別のところにあったように思えたからだ。



「こちらこそ、今日が来るのをとても楽しみにしていました。」



 私はリーゼに優雅に見えるよう心がけてカーテシーをすると、笑顔を返す。



「私のことは、マリーと呼んでください。」


「では、私のこともリーゼと。」



 お互いに目を合わせて微笑み合う。廊下での出来事を除けば、実に穏やかなお茶会の始まりだった。

 シニヨンの侍女とのお話し合いで気分があまりよくなかったが、笑顔で自分を待ってくれていたリーゼのおかげで、その気分の悪さが少し薄れた気がした。



「失礼いたします。」



 私とリーゼがテーブルにつくと、そのタイミングでザックとソフィアを案内していたはずのポニーテールの侍女が、ティーセットと様々なケーキを乗せたカートを運んで部屋の中に入ってきた。

 相手が王女なだけに、万が一のこともあるので、店の店員を関わらせるつもりはないようだった。

 他の2人の侍女と連携を取るように、3人で私とリーゼへとケーキと紅茶をサーブしていく。準備を終えるとスッと3人が壁際に立つ。滑らかな動きに私が目を見張っていると、その侍女達にリーゼが声をかけた。



「ありがとう。下がってよいわ。」



 要するに私とリーゼの2人だけにしろという意味だけれど、その言葉に異義を示したのは、私に廊下で問いかけをしてきたシニヨンの侍女だった。



「なりません。私たちは王女様をお守りする命令も受けています。王女様は大事な方です。何かがあってはダメですから。おわかりになりますよね?」



 シニヨンの侍女の意見に同意しているのか、他の侍女2人も笑顔で頷く。自分達の意見を聞くのが当然のことと思い、リーゼがそれを受け入れるのが間違いないと思っているような物言いだった。わがままな小さな子どもに、言うことを聞かせるような。

 更にまるで私が王女に対して何かするのではないかと疑われているような物言いに、私は少しむっとして眉を僅かにつり上げた。


 侍女達が誰に雇われているのか知らない。廊下での私は彼女達の言葉を受け入れて、護衛のザックともソフィアとも別れてここに来た。ただし彼女達の言葉を受け入れたのは、王族、もとい王女リーゼを立てる為。

 彼女達は雇っている背後の誰かの威を借りて、少々気が大きくなっているように見えた。

 侍女としては、彼女達は私よりも下位貴族の娘であるだろうに、まるで王族であるリーゼよりも立場が上であるようにも見える振る舞いだった。

 そのシニヨンの侍女の言葉に、リーゼはどこか圧のある微笑みを返すと大きく息を吸ってから告げた。



「あら?こちらが謝罪すべきお相手であるマリー様には侍女も護衛もつけさせなかったというのに?身分を隠していたとはいえ、彼女が守ってくださらなければ、私は大火傷を負っていたかもしれないに?そうなっていた場合、国同士の繋がりの為に私は隣国の王子と婚約をしているのに、傷物になった王女を娶れないと婚約破棄になったかもしれないのに?国同士の信用問題にも発展する可能性もあったことを、マリー様が身を挺して庇ってくださったのに?今日のお茶はそのマリー様をもてなす意味もあるのに?マリー様が誠意を見せて、どうやら貴方が勝手に提示した条件を飲んで護衛も侍女すらつけずにいらしてくれたのだから、こちらも同様にすべきだわ。おわかりになりますわよね?」



 一度も噛まずに矢継ぎ早に告げるリーゼに、私は思わず拍手をしたくなった。

 6歳にしてその威厳たるや。有無をいわせぬそれに、シニヨンの侍女は反論する言葉が浮かばないのか代わりにハクハクと口を動かすと、フウと一息、息を吐き出してからリーゼに頭を下げた。



「……承知いたしました。」



 心の奥では受け入れたくない気持ちがあるのか、体の前で重ねている手に悔しさからか力がこもっているように見えた。他の侍女もシニヨンの侍女の動きに合わせて頭を下げ、特別室から出ていった。

 特別室の外ではどうにかこちらの声が聞こえないか、聞き耳を立てているに違いない。



「ごめんなさい。私の侍女がご迷惑をおかけしました。」


「いえ、侍女達はリーゼ様のことを思ってしたまでですもの。」


「それでも、侍女や護衛もつけさせないなんて、さぞ心細い思いをされたでしょう?私の侍女に連れられて1人で来られたのを見た時は、驚きましたわ。」



 護衛も侍女もつけていないのは想定外だったようで、リーゼは申し訳なさそうに眉尻を下げて、私に謝罪した。私は彼女の一瞬の表情の曇りの理由がわかって、むしろほっとした。



「改めて、先ほどの侍女達のことも含めて謝罪いたします。兄のアクセルのせいで、火傷を負わせてしまい申し訳ありませんでした。」


「いえ、リーゼ様が謝ることはありません。リーゼ様は心のこもった手紙を下さいましたもの。」



 本来、きちんと謝罪するべきなのはアクセルの方だ。リーゼは誠心誠意の言葉を込めた手紙を送ってくれたので、リーゼに対して一切の怒りはない。私が頭を振れば、それでもリーゼは心が晴れないようで、少し躊躇いがちに心配そうに問いかけてきた。



「それで……お身体の方は……どうなりまして?」


「身体は万全です。痕すら残っていませんわ。主治医の話では、私の身体は治りがかなり早いと言われたくらいです。むしろリーゼ様が怪我をしなくて良かったです。」



 リーゼの気鬱を払うため、再び頭を振って微笑むと、リーゼはようやっと安心したように息を吐いた。

 ほっとするのはこちらの方も同じだ。もしあのお茶会でリーゼが火傷を負っていたら、たとえアクセルのせいとはいえ、リーゼが侍女達に言っていたように身体に傷ができたことで、国際問題に発展していた可能性がある。

 更に急な参加者だったとはいえ、王族に傷をつけたことは大問題になる。公爵家も無傷ではいられなかっただろう。



「つかぬことをお聞きしますが、兄から謝罪はございまして?」


「陛下から公爵家宛に直々にお手紙をいただいたようです。その手紙については、両親が対応しております。アクセル殿下は何をしていらっしゃるのか、私は存じ上げません。」



 リーゼの質問に笑顔で返す。アクセルから謝罪はないし、知らないのだと遠回しに告げると、リーゼは顔を青ざめさせて深く頭を下げた。



「兄がきちんと謝罪すべきところ、本当に申し訳ございません。オーランド公爵がしばらく登城されていたなかったことも耳にしていますし、私の父からの手紙の内容も、あまり快いものではなかったのでしょう。深く謝罪いたします。」



 リーゼが恐縮したように身体を小さくして頭を下げるのを見て、私は慌ててリーゼの方に身を乗り出した。リーゼに当たるつもりは一切なかったのに、リーゼに文句を言っているような形になってしまい、かなり気まずい。今日はただ、リーゼと楽しくお茶がしたいだけだったのに。何度も謝罪をするリーゼを見るのは、さすがに心苦しい。



「先ほど申し上げた通り、リーゼ様は心のこもった手紙をくださいました。それに陛下も、こちらのアミュレットを私へと贈ってくださいました。十分に謝罪はいただきましたので、顔を上げてください。」



 贈られたアミュレットの感謝も込めて、今日のお茶会にアミュレットを着けてきていた。私がそう言うとリーゼが顔を上げたので、チェーンが少し長かったので服の中に隠れていたアミュレットを、服の表に取り出してみせた。

 公爵が陛下からの謝罪を受け入れるきっかけにもなった物なので、相当価値がある物なのが想像できて、ずっと出しているのが怖くて服の中に隠していたのだ。

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