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「それと、私にそのような話し方をなされるのはお止めください。私の名前に『さん』をつける必要もございません。以前のように、ソフィアと。」
ソフィアが、私に頭を下げながら続ける。その言葉に大きく頷いた。
主として命令していた立場の人間が、急に敬語で話したり敬称をつけるのは、違和感しかないだろう。私はそれに了承した。
「わかりま……いえ、わかったわ、ソフィア。」
なるべくソフィアが知っているマリーに近い話し方をすれば、ソフィアは顔を上げほっとしたように口角をあげた。そしてそのまま、へたりこんだ私の脇に手をいれ、支えて立ち上がらせてくれた。
その時ふと、私は思い付いて質問した。
「ねぇ、ソフィアのお母さん……グレッタはどこかしら?」
「母は、朝食を準備していますが。」
なぜそのようなことを聞いたのかといいたげな顔でこちらを見るソフィア。
「そう…なら早く私も準備して、会いに行かないと。」
「会いに……?」
ソフィアは尚も意味がわからないようで、首をかしげた。でも、私にとっては必要なことなのだ。
「マリーとして、グレッタに謝りたいの。グレッタにも、勿論、ソフィアにも悪いことしたもの。ごめんなさい、ソフィア。」
ソフィアとグレッタを困らせたのはマリーで、私ではない。でも、マリーとして生きるには、どうしてもしておきたかった。
私が頭を下げると、ソフィアは困惑した表情を浮かべた。そのまま続ける。
「別に謝罪を受け入れる必要はないわ。私が楽になりたかっただけだもの。」
要は打算だ。
謝るのは、今後の人間関係をよくしたいだけ。
自分の本当のことをソフィアに教えたのは、少しでも自分のことをわかってくれる人が欲しいだけ。だって、この世界で前の私を知っている人は誰もいない。
誰も私のことを知らず、マリーとして生きるしかない。
私はマリーとして、生きる。
改めて、それを心に刻む。
これからどうなるかわからない。
マリーの記憶をたどり生きて、また幽閉される結果になるなのかもしれない。
いや、変えて見せる。
私は、ゲームの悪役令嬢にはならない。
幽閉フラグを、阻止して見せる。
私の言葉が頭を悩ませているのか、ソフィアはただ困ったように笑う。
マリーとやり方は違うけれど、結局、相手を困らせている。それに気づいていたけど、見ない振りした。私がソフィアの困った顔を見て笑うと、ソフィアは更に眉を八の字に曲げた。
私がマリーとなった日から数ヵ月が経ち、私は5歳になった。