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 通常、デビュタントを終えていない貴族子息子女は、お茶会に招待される年齢ではない。

 私が公爵夫人ダニエラとお茶会に参加したのは、おおやけにされていない内々のことだったので、例外。

 更にそこにアクセルとリーゼが参加したのも、かなりありえないこと。

 その慣例に倣うなら、デビュタントを終えてない王女リーゼが外でお茶をするなんて、勿論ありえない。

 ただ王族という地位が上の存在とはいえ、向こうは謝罪する立場。だからたとえ招待するという形であれ、謝罪する相手を呼びつけることになるので失礼にあたると感じ、王宮に私を迎え入れるのを避けたのだろう。

 それに私自身も王女と同じでまだデビュタントを終えておらず、正式にお茶会に招待され始める年齢でないのも大きい。

 だからこそのケーキ店でのお茶なのだろうが、私は王宮でのお茶なんて落ち着かないのが予想できたので、その気遣いを受け入れた。


 ケーキ店は第一王女リーゼが訪れるということもあり、5日前から貸し切られていたらしい。リーゼを害する何かを仕掛けられないように厳重に警備され、1階の持ち帰りのケーキ販売の店舗すらも、店長の急病という理由をつけて休みにされていた。

 私が侍女のソフィアと公爵家からつけられた護衛数名と共に馬車で店に訪れた時、特別室に通じる階段前の入口は警備の兵士が立ち塞がり物々しい様子だった。

 ソフィアが警備の兵士に王宮から送られてきた招待状を差し出すと、



「護衛1名、侍女1名のみ連れてお入りください。」



 そう言われた。

 公爵家からの他の護衛は外で待機ということになっているらしい。王女を守るための措置なのだろうが、こちらがらも王女に対して害意を持っていないという意思を見せる必要もある。

 公爵家からつけてもらえた護衛は5人。そのうちの1人は、いつもオーランド公爵を護衛している近衛騎士隊長だ。

 近衛騎士隊長が他の護衛4人に待機を指示すると、私の前に立った。私の後ろにソフィアが立ったので、前後で私を守る形だろう。



「護衛よろしくね。ザック。」



 前世のマリーの代では顔を見かけたことはあるけれど、近衛騎士隊長のザックに護衛されたことなんてなかった。それほど公爵は私のことを気にかけてくれているのだと思い、嬉しく思った。私の頭3つ分は背の高いザックは身体が大きくて、いるだけでかなりの存在感がある。ザックへの声かけに彼は私に対して柔らかく笑んで見せると、表情を引き締めた。

 ゴツイ彼が見せる笑顔のギャップが素敵だった。


 私が階段をあがり、3階特別室前の廊下に辿り着くと、明らかに1度見たことのあるこの店の制服姿ではない、侍女らしき人が2人、特別室の扉前に立っていた。

 1人はソフィアと同じように髪をシニヨンにしてまとめていて、もう1人は髪をポニーテールにしている。その侍女が着ているお仕着せには見覚えがある。前世のマリーの記憶の中の、王宮の侍女が着ていたお仕着せで間違いない。

 髪をシニヨンにしている侍女にソフィアが先ほどの警備兵にしたのと同様に招待状を見せると、侍女は私に深々と頭を下げた後に貼り付けたような笑みを浮かべた。



「お待ちしておりました。ここからは、マリー・オーランド様のみが部屋にお入り下さい。お付きの方は隣の部屋で待機となります。」



 もう1人のポニーテールの侍女が、ソフィアとザックに軽く会釈して隣の特別室を手で示した。



「中までマリー様を護衛いたします。」



 侍女に対してザックが前に出ると、シニヨンの侍女が頭を振る。



「なりません。王女様をお守りする為です。」



 シニヨンの侍女の返答にザックの眉間に皺がより、空気がすこぶる悪くなった。

 シニヨンの侍女はがたいの大きいザックの睨みに、表面上は臆することがない様子で、貼り付けた笑みを浮かべ続ける。ただわずかに足が震えているのが目につき、怖くないわけではないようだった。

 ここは私が止めるしかない。



「ザック、止めて。私は大丈夫だから。どうぞ、行って?」


「……わかりました。何かありましたら大きな声を出してください。すぐに駆けつけます。」



 モード侯爵のことが過去にあったので、公爵に私をしっかりと守るように言いつけられていたのだろう。

 私がザックの腕に手を触れて止めると、ザックは険のある態度を納め、後ろに下がった。


 私が頷いて見せると、ザックは同じ様に頷く。ソフィアも心配そうに私を見たので、微笑んで見せる。

 そのまま2人はポニーテールの侍女に案内され、隣の特別室へと入っていくのを見送った。

 2人とも特別室に入るまで、私に視線を送っていた。

 その場に残されたのは、私とシニヨンの侍女のみ。

 シニヨンの侍女はその場に私だけが残ると、すぐに目の前の特別室に案内するかと思いきや、問いかけてきた。



「このようなことを突然お伺いするのは失礼かと思いますが、主の命によりお聞きします。モリソン辺境伯について、どうお思いでしょうか。」



 侍女からのあまりに急な質問に、私は面食らった。目の前の彼女のいう主とは、リーゼのことだろうか。リーゼが、オーランド公爵家が第一王子派か第二王子派かを知りたいということなのだろうか。ただそれにしては何だか腑に落ちない気がした。

 あのフローレス家でのお茶会騒動があって、なぜ公爵家が第二王子を推すと思うのだろう。

 それを聞かれたらどう答えるべきなのか、公爵に教えられたことは勿論覚えている。



『モリソン辺境伯についてどう思うか聞かれたら、今はこう返しなさい。ロットゲルトの絵のようだと。』



 今はどちらでもないという答え。

 ただ、それを素直に言うのはためらわれた。何か言い様のないモヤモヤと気持ち悪い予感めいたモノを感じたからだ。預かり知らぬ誰かの思惑に絡め取られてしまっているような、気持ちの悪い感覚。

 それに目の前の彼女から、少しピリリとした空気を感じる。

 そこで私は理解した。特別室に入ったザックとソフィア、そして私すらもある意味人質なのだ。

 答えようによっては、どうなるのか想像がつかない。

 リーゼとより良い関係を築く為のお茶のはずが、むしろ王女との関係が瓦解するのを望んでいる気すら感じさせられる。

 目の前のシニヨンの侍女のいう主とやらが誰なのかは知らないけれど、何だか腹が立ってきた。どうなるのかはわからないけれど、素直に答える気にはなれない。

 私は敢えて何のこと?という風に不思議そうな顔をしてとぼけて見せた。



「モリソン辺境伯……とは?お茶会に参加したことがないのでお会いしたこともなくて、顔すら知らない方のことを聞かれても、存じ上げないとしか…。」



 公爵が何を考えているかを娘は預かり知らぬのだという態度を示すことで、知らぬ誰かの思惑を避けるためだった。

 公爵はマリーにはどちらの派閥に着くつもりかを知らせておらず、娘を大事にしてはいるが、家の中ではまだ派閥を知らせるほどの立場ではない。対外的に、私は派閥争いに利用はできませんよと知らせる為に。

 侍女に対して困ったような当惑の色を見せると、侍女はそれ以上は満足する答えが得られないと悟ったようで、私に深々と頭を下げた。



「長々と申し訳ありません。中にご案内いたします。」



 侍女は特別室のドアをノックして私の来訪を伝えると、そのドアを開けた。

 まだお茶が始まってもいないのに、リーゼと会う前からどっと疲れた気がした。

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