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後ろにエドワードや侍女がいる状況では、ろくに話もできない。手紙に聞きたいことをしたためたし、今もポケットに隠して持っている。でも週に数回通いにくるエイダンを待って手紙のやり取りをしていては話がなかなか進みそうにない。
どうにかして手紙以外でゆっくり話す時間を持ちたい。
どうやって機会を作ってハーブティーについて聞こうか考えあぐねていると、エイダンが先に話を切り出した。
「マリー様、お体の具合はいかがですか?叔母に話は聞いていましたが、直接お聞きしたいと思いまして。」
心底こちらの身体を案じるように、エイダンが労りの言葉をくれる。優しいその表情に、私は微笑み返す。
「私の身体をお気遣いくださり、ありがとうございます。たくさんのお見舞いの品もありがとうございました。先生のおかげでジェシカ先生にも診ていただけましたし、お陰さまで、もう元気になりました。」
エイダンに向かって頭を下げると、エイダンは顔を傾けて隣に座る私の顔を伺う仕草をして、眉尻を下げた。
「事態を知った時は驚きました。いくら私が医学の知識を持つとはいえ、女性の身体を診ることはできませんから。オーランド公爵に連絡を受けた時、慌てて馬車を叔母の家まで走らせました。」
エイダンは心痛な面持ちで私に手を伸ばした。私の頬に触れるか触れないかの位置でその手を止める。触れてはいないのに、頬に近い掌から感じる熱。それに少し心臓が跳ねる。エイダンの瞳は少し潤んでいて、心底、彼に心配をかけたのだとわかった。
「本当にありがとうございました。先生のおかげです。」
エイダンの手を退けることもなく、けれど私から触れることもない。この微妙な距離は、エイダンと私の公的な距離感だった。
「ジェシカ先生の話では、私の火傷はかなり治りが早いそうです。もっと治療に時間がかかってもおかしくなかったそうで。きっと、エイダン先生が急いでジェシカ先生を寄越してくれたからですね。」
ジェシカの話では私の火傷は、普通なら完治するのに2ヶ月以上かかっても仕方ないくらいの重い状態だったらしい。それが1ヶ月も経たずに綺麗に治ったので、まさに奇跡なんだそう。
私が改めて満面の笑みで礼をいうと、エイダンはようやっと安心したように笑みを返し、私に寄せていた手を戻して持参していた鞄を探りだした。
そうして鞄から取り出したのは、1枚のチケットだった。
「来月、建国祭があります。これは建国祭で毎年開演される舞台のチケットです。かなり人気でプレミアがついているくらいなんですが、よろしければ一緒に行きませんか?」
どう考えてもストレートなデートのお誘いだった。心臓が激しく高鳴る。
「でも……。」
「オーランド公爵様には、許可をいただいています。」
父に相談してみないと…と言おうとしたのをまさに言い当てられた返事に、私は目を丸くした。
エイダンの瞳から、私に対する明らかな熱が感じられる。
「公爵様からはマリー様の身体の治療に貢献したことに手厚く感謝され、様々な礼の品を提示されました。けれど私はそれらを受け取るより、マリー様と外出する許可を願いました。すると、マリー様から良い返事が得られたなら許可をする……と。」
真っ直ぐにぶつけられる好意。
私は前世は人生のほとんどを病院で過ごしていて、恋をしたことは勿論、恋人がいたこともないし、デートなんて無論したことがない。
ここまで熱を直接的に向けられると、慣れていなさすぎて頬が熱くなる。
エイダンのことはそんな目で意識していなかったのに、ストレートすぎて意識しないではいられない。
流石に堪えられず熱くなった頬に手を当てて俯くと、コンと目の前の机から音がなった。
顔を上げると、エドワードが準備した紅茶をサーブしてくれた音だった。
「マリー様、紅茶をお持ちしました。」
口角をあげ微笑んでいるように見えるが、若干固くも見えるエドワードの表情。おかげで、意識がエイダンから現実に引き戻された。
エドワードの視線は、『マリー様、落ち着きなさい』と言っているように見えた。
「ありがとう。エドワード。」
おかげで目が覚めた。
落ち着こう。これはただハーブティーのことを聞く機会が出来ただけだ。落ち着こう落ち着こう落ち着こう落ち着こう。
エイダンは私が冷静になったのに気づいたのか、いささか残念そうに肩を落とした。
お礼をしないといけないし、断る理由はない。
それに建国祭は去年までは隠れ家にいたから、2周目の今は1度も参加したことがないので行ってみたい気持ちがある。
何度も頭の中で落ち着こうと唱えると、改めてエイダンの方を向いた。エイダンはどのような返事が来るのか気にしているのか、私の視線に身構える。
「建国祭に行ったことがないので、行ってみたいです。」
私の表情に、エイダンはパアッとわかりやすく表情をほころばせた。
建国祭まではまだ日にちがある。
その前に、第1王女との約束をしていた通り、御茶をすることになった。
1度リアムと出掛けた、あのケーキ店で。




