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 1人きりの静まり返った部屋。

 侍女達は勉強すると言った私を気遣っているのか、廊下からも物音1つしない。

 廊下には一面に絨毯が敷かれているので、ゆっくり歩けば音がしなくなる。

 私は小物入れを譲り受けた時の苦い思いを思い返しつつ、鍵穴に差した鍵を回した。

 カチャリという小さな金属音。鍵穴から鍵を引き抜いて蓋を開けると、小物入れを開けて1番最初に目に入ったのは、銀地で流水紋の模様のついたトランプサイズのカード。私が今、一番隠すべきものだった。



 小物入れを受け取ってリアムの部屋から私室に戻った時、ジェシカ先生を見送りに向かったソフィアや他の侍女は、まだ戻って来ていなかった。

 いつ彼女達が戻ってくるかはわからない状況ではあったけれど、それは絶好の機会だった。

 隠れ家の勉強部屋の本棚からそのまま持ち込んだ教本達。その中に、隠れ家から本邸に移動する前にはほとんど使わなくなっていた国歴の資料集があった。その資料集を手に取ってバサバサと逆さまに振ると、挟んでいた物がポロリと落ちる。それは、ソフィアが教会からの帰りに私の部屋で落としたあの流水紋模様のカードだった。



 ジェシカから渡されたエイダンからの手紙は、公爵家が私に何かを隠していて、あの紅茶を飲ませていることを意図していた。公爵家に隠されている何かがある。それを理解した時、ソフィアのことを思い出した。ソフィアにも何か隠された秘密があると。

 あまりにアクセルに湯をかけられた出来事が大きすぎて、頭から抜けていたのだろう。

 アクセルが無理矢理に参加したお茶会で、アクセルは『ソフィアがアクセルと懇意の誰かと通じていて、1周目の時のマリーのわがままをなげいていた』と漏らしていた。

 その時はソフィアは既に私の味方になっていると自負していたし、アクセルを言い負かすことに重きを置いていたので、アクセルが重大なことを私に言っていたことに気づいていなかった。

『ソフィアは王家とも繋がりを持てる誰かと通じていて、私のことをその人に漏らしていた』という事実に。

 それはたとえ1周目のことだったとはいえ、2周目も同じではないと本当に言えるのだろうか。

 そして私が今持ち上げている、1枚の流水紋模様のカード。

 ソフィアにカードのことを言おう言おうと思いつつも言い出せず、困ったあげくに資料集に挟んで隠していた。ソフィアからも聞かれることがなかったので、すっかり忘れ去っていたもの。

 ソフィアに何かあると考えた時に、資料集に挟んだこのカードのことも思い出したのだ。



 小物入れの中から取り上げた流水紋のカード。

 模様の部分が窓から差し込む陽光を反射して、キラキラと輝いて見える。

 何故だかわからないけれど、これには何か秘密があるような気がして、ソフィアの目に絶対に触れない場所に隠す必要があった。

 ジェシカ先生やエイダンにこっそり渡す手紙も隠せる小物入れを。

 私はカードを小物入れにもう一度納めると、小物入れの蓋を閉めて鍵をかけた。

 鍵を元通り絵画の裏板に隠して、絵画を元の位置に戻す。小物入れは机の引き出しの奥深くに。



 今なら、なぜエイダンがお見舞いと称して紅茶をたくさん贈ってきたのかわかる。紅茶と他のものを混ぜて贈ることで誤魔化して、私がなるべく公爵家から出されたハーブティーを飲まないようにする為だろう。

 エイダンのことをどこまで信用して良いのかわからない。けれど、あのハーブティーは1周目でも飲まされていたとわかった上、医学の知識を持つエイダンからの情報と重ね合わせると、公爵家に対して不信感を持ってしまった。

 公爵家も信じきれない、ソフィアのことも信じきれない。

 侍女が誰1人いない1人きりの部屋で、私はこの世界で本当に一人ぼっちだ……と思ってしまった。



 ジェシカ先生の最後の診察から5日程経って、家庭教師の授業が再開された。

 当たり前のように出されるあのハーブティーを避けたくて、ソフィアにはなるべくエイダンから貰った紅茶を出して欲しいと頼んだ。



「頂いた物だから質が悪くなる前に飲みきりたいの。」



 と、あのハーブティを無理に飲むよう勧められはしないかと内心どぎまぎしながらも何気なく自然に聞こえるように頼むと、ソフィアは拍子抜けする程あっさりと了承して、午後のお茶の時間にはエイダンが私に贈った紅茶をサーブしてくれた。

 私の申し出に対してソフィアの顔色1つ変わらぬ様子から、ソフィアはハーブティについては何も知らないのではないかと思った。

 ただし家族との食事の際にはいつものように例のハーブティが出され、急にいらないとも言えず恐々とではあるが飲まざるをえなかった。

 エイダンは『紅茶に注意』とは手紙に書いていたけれど、『絶対に飲むな』とは書いていなかった。

 ハーブティーの成分が私にどんな影響を与えているのかもわからない。それにいくら医学の知識があるとはいえ、エイダンのことをどこまで信用していいのかもわからない。

 エイダンはゲームでは優しい数学の教師で年上の攻略相手という、それほど目立つ立ち位置のキャラクターでもない。

 王族ではないから王位争いに巻き込まれることもなく、ゲーム内では珍しく穏やかな恋愛相手だった。

 それが何故、婚約者であるマリーの幽閉に繋がるのかよくわからないけれど……。

 ただそれだけにオーランド公爵家と特段の確執もなく、わざわざその娘を騙すような人物とも思えない。ゲームではマリーのことを嫌っていたキャラクターではあったけれど、2周目ではあれだけの好意を見せられて私のことを嫌っているようでもない。

 とにかく、エイダンに話をじっくり話を聞いて判断をしないといけない。

 今日はとうとうエイダンが家庭教師として、公爵家に来る日だった。



「お久しぶりです。エイダン先生。」


「お久しぶりです。マリー様。」



 ハーブティーの一件もあって緊張で肩に力が入りいかり肩になりつつエイダンに挨拶をすると、エイダンはそんは私の様子に気づいたようで苦笑した。



「少し息をつきましょう。ほら深呼吸を。そんなにりきをいれずとも、1ヶ月程度で休んでも問題はありません。マリー様は十分な学力が身に付いていますので。」



 私の緊張を、私が勉強の遅れを心配して気負っている……ということにしたらしい。都合が良いので、私もその話しに乗ってみる。

 久しぶりとはいえ、エイダンとは隠れ家時代から長い付き合いをしてきたのに、今さら緊張しているのは不自然だろう。侍女達の前で自習する姿を見せていたので、話に乗った方が自然に見えるはず。



「なら安心しました。復習は軽くしたんですけど……学院に通うのに学力が足りなかったら公爵家の恥になるかと。」


「少しお茶をして、少し気持ちを落ち着かせてから勉強をしましょう。」


「そうですね。エドワード。療養中に先生が私に贈ってくださったお茶を淹れてくれる?」



 当たり前のように私の後ろに待機していた家令のエドワードの方に視線をやると、エドワードは最初にお茶を要するとは予定していなかったのか、私に軽く礼をするのと後ろに辞し、エドワードと共に控えていた他の侍女達に指示を始めた。

 その隙に私はエイダンに席を勧めて、いつも勉強する時のように隣り同士でテーブルに着いた。


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