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 私の部屋には、家庭教師に貰った教本やノートを並べる小さな本棚がある。これは隠れ家の勉強部屋にあった本棚の中身を、そっくりそのまま持ってきた物だ。

 私が本棚から抜き取った教本を数冊とノートを机に広げる最中、机に向かう私の後ろで侍女達は忙しそうにベッドメイクをしたり、洗濯室から戻ってきた衣類を片付けたりとまめまめしく働いている。

 それを邪魔したくはなかったけれど、私はせわしなく働いている彼女らに申し訳なく思い気を咎めながら声をかけた。



「静かに勉強に集中したいから、悪いけど部屋から全員出ていてくれる?用事がある時は、ベルを鳴らすから。」



 机の上にいつも置かれている小さなベルの持ち手を持ってちらつかせると、私付きの侍女達はソフィアを含めて全員が私に向かって頭を下げて、即座に部屋から出ていった。

 シンと静まり返った部屋の中で、ほうっと息を吐く。いつも誰かが傍にいて落ち着く暇がなかったので、ようやっと息をつけた気がした。

 しっかりと誰もいないの確認した後、勉強をする振りをして広げた教本を脇に寄せる。そして目の前にある、掌を広げたより少し大きいくらいの、正方形のキャンバスに描かれた花の絵を見上げた。

 無名の作家の絵らしいけれど、ダニエラが素敵だと気に入って作品展で購入した絵だそうだ。

 様々な色彩の花がまるで本物のように生き生きと描かれている。

 椅子から立ち上がって、机の上で膝立ちして背伸びし手を伸ばして、その花の絵を壁から外した。

 額縁の裏の留め具を外して絵の裏板をとると、中からコロンと小さな真鍮製の鍵が、机の上に滑り落ちた。

 そのまま机から降りて机の引き出しの奥を探り、小物入れを取り出すと、その鍵を鍵穴に差した。

 小物入れはリアムから譲って貰った品だった。







「お兄様、少し宜しいですか?」



 ジェシカ先生が帰った後すぐに、私はリアムの部屋を尋ねた。

 軽くノックをして声をかけると、中からリアム自身がドアを開けてくれた。

 リアムの部屋を尋ねたのは、どうしても欲しいものがあったからだ。



「どうかしたか?」


「お兄様にちょっとお願いがありまして。」



 顔の前で手を合わせて笑顔を浮かべて、可愛い子ぶって小首をかしげて見せると、リアムは私を凝視してしばし無言になった。

 何、この無言は。



「お兄様?」



 表情一つ動かさず固まっている姿は、初めてリアムと出かけることになった時、玄関にいたリアムが階段の上にいた私を見上げていた時の顔と同じだった。

 私が訝しげに声をかけると、リアムはようやく頭にスイッチが入ったようにハッとしてドアを大きく開き、私を部屋に迎え入れた。


 リアムは読書中だったのか、部屋の中央に置かれたソファーの前のローテーブルの上に、分厚い本がたくさん積まれていた。読書とはいっても勉強の一貫のようで、それらは国の歴史やら経済の本で、表紙を見るだけで眠くなりそうだった。

 貴族男性でかつ家を継ぐ嫡男は、領地経営の為に多大な跡目教育を受ける。

 リアムは次期公爵を継ぐ人材なので、私以上に力を入れて教育を受けている現状が垣間見えた。



「勉強中、邪魔したみたいでごめんなさい。」


「いや、一息つこうとしていたところだから。」



 私に気を遣わせないようにかリアムは少し笑って見せると、テーブルの上の本を本棚に片付けつつ部屋のソファーに座るように私に勧めた。

 ソファーは大きめで3人くらいは余裕で座れそうなサイズ感で、私がソファーの右端に座ると、リアムはその左側に少し距離を開けて座った。

 遠すぎず近すぎない、けれど何だか距離を置かれている気がする微妙な距離感だった。



「そういえば、今日は医師せんせいの診察だったんだろう?」


「ええ、もう火傷は問題ないと言われました。」



 リアムとその座る位置に注視しつつ、リアムにされた質問に答えると、リアムはまるで自分のことのように嬉しそうにパアッと表情を綻ばせた。



「よかったじゃないか!」



 ひょっとしたら痕が残るのではないかと、リアムはかなり心配してくれていたらしい。

 リアムはゲームで表情筋の変化に乏しいキャラ設定がされていた気がするのに、最近では表情がよく変化するのを目にするようになった。

 これは私というイレギュラーな存在のせいで、ゲームのストーリーからリアムも逸脱していっているということなのだろうか。

 私がリアムの笑顔をまじまじと見つめているのに気づくと、リアムは恥ずかしそうにわざとらしく咳払いし、話題を変えた。



「それで、お願いとは何だ?」



 そうだった。本題に入らないと。

 私は微妙に開いていたその距離を素早く詰めて膝を寄せると、両手を合わせてお願いのポーズをとって見上げた。イメージは、目をくりくりと潤ませるチワワだ。



「もし鍵のかけられる使わない小物入れがあったら、いただけませんか?」



 これは、リアムが鍵のかかる小物入れを持っていると確信があったからしたお願いだった。

 ゲームのリアムルートで、リアムがエマに見事な花と蝶の木彫りがされた小物入れをプレゼントするシーンがある。

 その小物入れを大事そうに抱えるエマを見て、マリーは愕然とする。その小物入れはマリーの母が父親である前公爵から貰ったもので、マリーが母からとても大事にしていたと聞かされていた物だったからだ。

 マリーの母が亡くなり、生前使っていた部屋の整理をしていたときに見つかった物で、捨てるなら欲しいとリアムが求めて受け継いだ品だった。

 マリーが来た時には部屋の整理も済んでおり、公爵すらリアムにあげたことを忘れていて、いくらマリーが探しても見つからず、とうに捨てられたと思っていた物だった。

 だからエマが持っていたことに衝撃を受け、それは自分の物だと無理やり奪い取ろうとしてエマに怪我をさせる事件に繋がる。

 その事件を契機に、リアムとマリーの溝が深まっていくのだ。

 エマにプレゼントした時には、それが元々はマリーの母が使っていた物なのは、忘れていたようだけれど。


 リアムが公爵からその小物入れを受け継いだ時に、マリーの母が大事にしていた物だと聞いているはず。まだ年若い今ならマリーの母が持っていた物だと覚えていそうだし、その娘であるマリーが頼めば簡単に譲ってくれるのではないかという打算があった。ついでにゲームのシナリオ通りに進めないよう阻めないかという、目論見もあった。

 そこまでしてでも私は今、鍵がかかる小物入れがどうしても欲しかった。



 私がお願いとばかりに身を寄せると、リアムは眉間に皺を寄せたかと思えば俯き、おもむろに私の顔を掌で押し返した。



「っ……痛いです!」



 押し退けられて身を仰け反り、後ろ手をついてよろけると、リアムはわかりやすく『しまった』と言う顔をした。

 私がむっとしてリアムの右腕をしっかと抱き抱えるように掴んで抗議しようとしたところ、リアムはまた固まった。



「おに……い……っ……。」



 急にどうしたのかと聞こうとしたところで、唐突にリアムが私の手を振り払おうと身を捩った。私が腕を掴んだままだったのでリアムは私の手を払いきれずスルンと滑り………。

 コロンと転がるように、私はソファーを背にして仰向けにひっくり返った。私が掴んだままだったリアムは、一緒に転がり私の上に倒れそうになる。私に覆い被さる寸前に、リアムがソファーの座面に左手をついて止まる。


 えーっと………これって所謂、押し倒されているような格好……?



 リアムの綺麗な顔が、私の10㎝ほど上にあった。リアムの黒い髪がパサリと落ちて、私の頬を撫でた。

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