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エイダンに貰った物を紅茶以外は適当な箱に片付けようとしたところで、部屋のドアがノックされた。
私の代わりにソフィアが応じたところ、尋ねてきたのは家令のエドワードだった。
「旦那様よりマリー様にお渡ししたい物があるそうです。」
「渡したい物……?」
ソフィアに片付ける箱を見繕って貰えるように頼み、何を渡されるのか気にしながら、エドワードについていく形で公爵の待つ書斎に向かうと、以前に呼ばれた時と同様にソファーに座るよう促された。
ただ以前と違うのは、エドワードは目の前に座っている公爵と私に紅茶をサーブすると、私たちだけにして書斎から出ていってしまったこと。
公爵はエドワードを自分の仕事のサポート役にしているようで、常に一緒にいるイメージがあった。前に書斎でライアンに会った話をした時もエドワードはずっと公爵の傍に立っていたので、今回は人払いされたのが不思議だった。
「これが王室から贈られてきた。」
エドワードがいなくなり、しっかりと扉が閉まったのを黙視するほど念を入れた上で目の前にだされたのは、赤いビロード張りの箱だった。
10センチ四方ほどのサイズの箱を公爵が私に開けて見せてくれると、中には銀のチェーンに小さな透明の石がついたネックレスが入っていた。
石はカットが入っていて、室内の光を受けてキラキラと輝いて、とても綺麗だった。
「アミュレットだ。」
「アミュレット………。」
ただのネックレスかと思ったけれど、アミュレットなら話が違う。
アミュレットはゲームにも出てくるアイテムで、教会で売っている『お守り』だ。
ゲームでは学力や運動の数値をミニゲームで上げていき、その数値により攻略相手が攻略しやすくなる。アミュレットは教会の神父が祈りを捧げて作られたアイテムという説明がつけられていて、ミニゲームで数値が上げやすくなる。
魔法という概念は無いのに神父の祈りというあやふやなものがあるのが、このゲームのよくわからない点だ。
私が公爵の言葉をただおうむ返しに呟くと、公爵が言葉を続けた。
「身に付けていると厄災を退ける特別な祈りが込められている。アミュレットは教会で誰でも買えるものだが、国王陛下が依頼したコレは高い地位におられる方が祈りを捧げた物だそうだ。」
つまり一般市民が簡単に手に入れられるアミュレットとは違う、特別な物。ゲーム風に言うならレアアイテムということになる。
アミュレットはゲーム中ではミニゲームの補助になったけれど、この世界で生きている今は、厄災を退けるというのもあやふやだし、きちんと効果があるのか把握が難しい気がした。
石の色はアクセルのイメージカラーでもライアンのイメージカラーでもない。
誰かの婚約者にするとかそういう意図はないことを示すために、敢えてどの色でもない石にしているようで、その点では安心した。
「そんな貴重な物を私が貰ってもいいんでしょうか。」
「これはマリーの為に用意された物だ。教会も絡んでいる以上、返すことはできない。それに……。」
公爵は何か言おうとしたがすぐに押し黙り、アミュレットが入った箱に視線を落とした。そして決意したように深く息を吸うと、私に視線を向けた。
「これで、第2王子の件は手打ちにしようと思う。明日から、登城する。」
「え。」
自分が王女を庇ったせいでここまで大事になるとは思わなかったので、公爵が登城しないことを実はかなり気にしていた。
だから私は何度も公爵に『もう2度と治らない傷ではないのでそろそろ登城しては…』と言ったのに、公爵はうんと言おうとはしなかった。
なのにアミュレットが王室から贈られただけで許す気になったのに驚いて、思わず声に出してしまった。
「王室からアミュレットを貰ったことは、ダニエラは知っている。だがその他の者には内密にするように。何か聞かれたら、私が教会からアミュレットを買ってきてマリーにくれたとだけ言いなさい。」
驚く私を置き去りに、公爵はそう言ってアミュレットの入った箱の蓋を締めて、私の方に箱を押しやった。
「リアムお兄様にもですか……?」
「リアムにもだ。」
公爵は私の問いかけに対して即座に告げる。
王室から贈られてきたアミュレットの存在を、エドワードどころか身内のはずのリアムにすら隠そうとしている。
このアミュレットは、一体なんなのか。
ただの透明な石のついたネックレスというだけなのに、何だか得体の知れないものを受け取ってしまった気がした。
『お茶会からしばらく経ちますが、お身体の調子はいかがでしょうか?』
私の体調を気遣う第1王女からのもう何通目になるかわからない手紙を前に、私は机に向かって返事を書いていた。
私が怪我をする原因になった王女と文通をするのを、ダニエラはあまり良く思っていないようだった。けれど何度となくリーゼと手紙を交わすうち彼女の文章から、温かみが見て取れた。
リーゼからの手紙には必ず、私を気遣う文言と深い謝罪の気持ちを表す文言が書かれていた。
それに公爵が登城したことで分かった事だけど、彼女は今、騒ぎを起こしたことで自室にて謹慎、つまり軟禁状態にあるらしい。
私に送る手紙を検閲されているのかもしれないが、一切部屋に閉じ込められている状態の事を言わず、ただ私の事を案じる内容の手紙からも、彼女の優しい人柄が見て取れ、できるなら友達になりたいとさえ思った。
私はリーゼへの手紙にこう書いた。
「今度、一緒にお茶をしませんか?」
彼女に対してもう気にすることはないし、貴方に対して怒ってもいないし許しているという気持ちを込めて。
無論、アクセルのことは一生許さないし、相変わらず謝罪の手紙は来る様子がなかった。