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 封筒の裏に少しまるっこい女の子らしい字体で書かれた名前から、リーゼ本人の直筆の手紙だろうと推察できた。



「お母様は、第1王女にお会いしたことはなかったのですか?」



 お茶会会場の誰しもが、リーゼが第1王女だと気づくと傍にいた私以上に驚いていた。ダニエラもアクセルには気づいていたけれど、リーゼのことは気に止める様子がなかったから、知らなかったようなので念のため尋ねてみる。



「ええ。産まれた後すぐに他国に嫁ぐことが内定したことは聞いていたけれど、まだ幼いという理由で夜会にもお茶会にも参加したことはなかったはずよ。私の知る限りではね。」



 顎に手を当て、少し考えながら答えてくれる。

 アクセルも幼いのに、ダニエラとは夜会では会ったことがあるような口ぶりだった。アクセルを王にする為に、早くから貴族に顔繋ぎをしようとしているのかもしれない。ライアンが辺境伯と共に動いているように。


 リーゼからの手紙を読もうと、ペーパーナイフでカットされた部分に手を掛けたところで、一番あるべきはずの手紙がないことに気づいた。



「そういえば、一番謝罪すべき存在ひとが、いたはずですね。」



 私がいささか刺々しい声で言うと、



「急に行方不明にでもなったのかもしれないわね。」



 ダニエラは私の言葉にあからさまなため息をついて、眉間にシワを寄せて首を振る。

 つまりアクセルからの詫び状はないらしい。

 悪いことをしたとわかっているはずなのに、私に個人的に謝りたくなどないという意思として受け取らせていただいた。

 アクセルらしいといえばアクセルらしいけれど、社交の面では大いにマイナスだ。謝罪をおやに任せて、それだけで自分の謝罪は必要ないとでも思っているのだろうか。

 先日の茶会の件も加味して、この先よほどのことがない限り、オーランド公爵家の後ろ楯を得るなどあり得ないだろう。

 もし今、次期王として第1王子ライアンか第2王子アクセルのどちらを推すか問われれば、公爵は直ぐ様ライアンを推すと答えるに違いない。

 その時、ふいに私のお腹からぐーという間の抜けた音がした。恥ずかしくて慌ててお腹を押さえると、その音を聞いて、ダニエラの表情が緩む。



「3日も寝ていて何も食べていないのだから、お腹がすくのも無理はないわね。食事を用意させるわ。ゆっくり休んで。」



 ダニエラはもう1度、私に巻かれた包帯をみて痛ましい顔をした後、私の頬を撫でて部屋から出ていった。

 それと共に、完全に身体の力を抜いてクッションに身を預ける。

 私の食事の準備をするためににわかに慌ただしく動き出した侍女達を横目に、私はぼーっと考え込んでいた。


 まずは公爵のこと。

 公爵の行動には驚かされた。まさか私のために登城拒否のストライキを起こすとは思わなかった。

 公爵夫人であるダニエラとは定期的にお茶をしたりして交流の機会はあったけど、公爵とは食事を共にするくらいで(1度ライアンの件で公爵とお茶したけど)、それほど多くの会話をした覚えがない。だからいまいちストライキを起こすほど気に入られているという実感がない。

 でも……1周目の時も、関わり方がわからなくてマリーが欲しがったものをただ何でも与えるような人だった。

 本当はわかりにくいだけで、愛情深い人なのかもしれないと思った。


 次に、リーゼのこと。

 リーゼはお茶会の時、何だかアクセルのことを挑発しているように見えた。挑発してアクセルに何をしようとしていたのか、何らかの企みがあったんじゃないかと思えた。

 その結果が私の火傷騒ぎ。彼女の驚いた表情からは、こんなつもりではなかったという思いが読み取れたから、彼女に対しては恨む気持ちはない。

 けれど、騒ぎを起こしたことを許すかどうかは、また別の話。

 あの会話から、アクセルとはそれほど仲が良いようには思えなかったけれど、何の目的があって参加したのかが気になる。

 もう少しじっくり、話をしてみたいと思った。




 あれから、半月が過ぎた。落ち着くまでは火傷した部分に負担をかけないように、お風呂にすら入れず濡れたタオルで身体をぬぐわれるだけ。髪も油っぽくバサバサになって気持ち悪かったから、ようやっと半身浴という形で浴槽に浸かれた時は、その気持ち良さから浴槽で寝かけた。(ソフィアに容赦なく起こされたけど。)


 薬の効きが良いのか、ゲームの中だからなのか、どうやら私の火傷の治りは早いらしい。

 皮膚の状態を見るのが怖くて、触るのも怖くて、お風呂では目を閉じているから詳しくはわからないけれど、ソフィアによれば今は火傷部分の皮膚が赤くなっていて少しツルツルしているんだとか。

 ただ治りかけの部分が痒くて堪らないのだけど、必死に我慢している。


 刺激になるからなるべく陽に当たってはいけないけれど、傷を保護した上でなら少し身体を動かすのには問題はない状態になり、公爵やダニエラ、リアムともお茶ができるようになった。

 私のために廊下の窓は日差しが入らないようにカーテンがいつも閉まっていて、外の様子を伺い知ることはできない。

 廊下が暗いので昼夜問わずランプが煌々と灯されている。

 それはまるで、なるべく私の存在を知られないようカーテンを閉めていた『隠れ家』のことを思い起こさせた。

 気分が鬱々となりそうなものだけれど、侍女達が代わる代わる外の景色のことや街の流行のことを教えて気を和ませてくれた。


 家庭教師との授業は、無理をしてはいけないということで、念のため完治するまでは中止。

 ダンスの授業なんてもっての他。

 でも動かないで寝てばかりだと身体の筋力が衰えそうなので、とりあえずひたすら廊下を歩いたり階段を上ったり降りたりしている。

 あんまり動いていると、執事や侍女から『お嬢様それ以上は……。』って止められるから、抑えめにしている……つもりだ。



 私が侯爵家でお茶会に参加してから他のお茶会には参加せず、公爵が登城しないことで何か勘づかれているようで、お茶会に参加していた家からはご機嫌伺いの手紙が届いているらしい。

 私は身体が弱くて小さな頃は乳母と別荘で暮らしていた設定になっているので、初めてのお茶会で気疲れして倒れたということになっている。

 実際はカーテンがひかれた家の中をうろうろ動き回れるくらい元気だけど。


 エイダンからは私がお礼状を送ってから、3日に1度は見舞いのお茶やお菓子や、特産のジャスミンを使ったポプリが手紙と共に届いた。遠慮すると贈り物の頻度は減ったけれど手紙の頻度が2日に1度に変わった。

 流石にそこまでされたら………。



「気づかないのはよっぽどですよね。」



 私とソフィアだけがいる部屋の中、エイダンからの贈り物を前にして私がため息をついていると、ソフィアがぽつりと呟いた。


 エイダンはマリーに好意を持っている。多分、恋愛的な意味で。

 考えれば、エイダンからの視線は優しく甘いものだったような気がする。

 私も公爵家の人間として、貴族の義務として、誰かと結婚する日が来るのだろうとは思う。それは逃れられない。エイダンも、その候補となり得るとは思う。そして、いい人だとは思う。もともとゲームの攻略相手だし、嫌いではない。

 貴族の結婚は恋愛は関係なく、政略的なものが多いけど、もちろん好きな相手と結婚できるのが一番だろうし、ゲームでのエイダンとのエンディングを知っている分、幸せになれそうな気はする。でもやはりゲームと現実は違う。

 エイダンには悪いけど、エイダンと結婚や恋愛は、まだ考えられる段階ではない。



「考えるのは止め止め!」



 エイダンからはっきりと言われるまでは、そのことを考えるのは止めることにした。


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