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 私が全力で頷くと、その必死な様子にダニエラがふふっと笑みを浮かべる。

 ソフィアがさりげなく他の侍女と一緒に後ろに下がって部屋の隅に立つと、ダニエラが先程までソフィアがいたベッドの脇に進み出た。



「とりあえず、お父様とお兄様に元気だから安心して欲しいとだけ伝えて貰えますか?」


「そうね……急いで伝えた方が良さそうね。」



 また廊下から何やら声が聞こえてくる。部屋に入って来るのを執事や侍女が止めているんだろうけれど、早く何とかしてあげなければ可哀想だ。



「手ぐらいなら動かせそうなので、後で手紙を書いて侍女に預けます。」


「それも伝えるわ。」



 またダニエラは苦笑すると、供をしていた侍女に伝え、その侍女が部屋から出ていく。しばらくすると廊下が静かになり、伝言を伝えに言った侍女も戻ってきた。どうにか落ち着いたらしい。

 気を取り直すとダニエラは、私がお茶会の会場を去った後に何があったのかを詳細に説明してくれた。



 私が出ていった後、すぐにお茶会はお開きになったそうだ。あんな騒ぎの後に落ち着いてお茶なんて出来るわけがないし、当然だと思う。

 ほとんどの客は私が口にした通り、湯が冷めたものが私にかかったというのが公的な認識らしい。信じているかは不明だが。



「マリーが大火傷を負ったことは秘されているわ。貴女もそうしたかったから、平気なフリをしたんでしょう?」


「はい……フローレス侯爵家の茶会で大怪我を負ったと知られれば、私が新商品の宣伝を請け負ったのに、侯爵家の商会はおろか、巡りめぐって公爵家の評価にも影響が……っ!」



 私が言い終わらないうちに、ダニエラがベッドの端に座って身を乗り出すと、私の頬を両手で包み込んだ。コツンとダニエラの額が私の額に当てられる。



「そんなのどうとでも出来るわ。ごく近しい仲の良い人を集めたお茶会なんだから。むしろわざとあの場で倒れて、王室がした醜聞を知らしめるべきだったのに!」



 ダニエラは私の頬から手を離すとぐっと拳を作り、まるで目の前にアクセルがいるかのごとく、壁の方を睨み付けた。すぐに拳を下ろすと、ダニエラが私の方に向き直る。



「貴女の火傷は全治1ヶ月ほどだそうよ。傷1つ残さない為に、すぐに高名な女性医師を呼んで診て貰ったわ。貴女の家庭教師のエイダンのツテなのよ。」



 確かエイダンは医学を学んでいたはずだから、その繋がりなのだろう。公爵とリアムに手紙を書くついでに、エイダンにも礼状を書く必要がありそうだと思った。



「王宮からは丁寧な詫び状が3通届いたわ。」



 ダニエラの供をしていた侍女が手紙を2通、ダニエラに差し出す。2通のうち1通は握りつぶされたような妙なシワがあった。ただ、ダニエラは3通と言ったのに2通しかない。

 私が訝しげな顔でその手紙を見ていると、何かを思い出したように不機嫌そうな顔をしたダニエラが怒りを堪えるように口角をひくつかせて続けた。



「1枚目は細かく破り捨てた後に、釜戸の焚き付けにするように侍女に言いつけたわ。傷つけたお詫びに、第2王子アクセルの婚約者としてマリーを迎えると書いてあったの。」


「嫌です!!!!」



 あんな男の婚約者になんてなりたくなくて、必死だった。それでは1周目の人生と同じになりかねない。

 衝撃的な言葉に身体の痛みも忘れて身を乗り出して間髪いれずに食いぎみに返すと、あまりの勢いからかダニエラが若干後ろに退いた。逆に私は痛みが再燃し、胸元を押さえて俯いて呻く羽目になった。

 ダニエラは私の肩をそっと支えて、クッションに優しく私の身体を押し戻す。



「勿論、それは間に合っていると断ったわ。王族の婚約者にすることが詫びになんてなるわけないじゃない。王族は自分達の価値を重く見すぎだわ。どうせ詫びをダシにして、五大公爵家を自分の派閥に入れたいだけでしょう。」



 私が婚約者になれば五大公爵家の1つを懐に入れたことになり、アクセルが王位を継ぐ後ろ楯になりえる。1周目でもその目論見もくろみがあってマリーが婚約者になったのだ。

 結局、婚約破棄することになったし、1周目の記憶があるなら、私と婚約したいなんてあの男が考えるはずがない。


 そういえば、アクセルが不可解なことを言っていた。王女リーゼの言葉に反応して、『病弱だから離宮にいる、あの引きこもり』と。

 他に王になりえる存在は第1王子ライアンしかあり得ないし、ライアンのことで間違いないだろう。もしかしてライアンは、公的には国から出ていないことになっているのだろうか。



「きちんとお断りしたら、その日のうちに今度は医師を派遣すると連絡が来たから、それも間に合ってると伝えたわ。公爵ヘンリーはとても怒っていて、マリーの怪我が治るまで登城しないと言って、屋敷で仕事をしているわ。登城しないと仕事ができないわけじゃないからね。ただ城から持ち出せない書類の処理だけが出来なくて、滞っている案件もあるみたい。公爵ヘンリー宛に至急登城して欲しいって手紙がたくさん来ているわ。登城できません、理由は第2王子にお聞きくださいって返事だけして無視してるみたいだけど。」


「仕事が滞っても大丈夫なんですか?」



 私の心配する言葉にダニエラがくすっと笑う。



「どの仕事の案件かはわかってるみたいよ。1ヶ月滞っても問題ない案件だから、無視してるって言っていたわ。貴女が気にすることはないの。」



 そう言って、私の頭を優しく撫でてくれる。



「今、友人達には、フローレス侯爵家の茶会に、無理矢理参加した第2王子と第1王女がケンカ騒ぎを起こしたのを、マリーが身体を張って仲裁したと広めて貰っているわ。第2王子を王にしたい派閥には大打撃の醜聞でしょうね。」



 そう言って、ダニエラが勝ち誇ったように笑う。ダニエラを怒らせたくはないと、改めて思った。


 ダニエラはシワのない綺麗な方の手紙を侍女から受け取って、私に差し出した。

 手紙には王家の紋章の封蝋がされていて、差出人の名前は『リーゼ・アンテレード』だった。中身は既に改められているようで、ペーパーナイフで封筒の端がカットされている。



「貴女宛に第1王女リーゼからの詫び状よ。」


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