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 夢を見た。

 おぼろげな視界。例えるなら、視力が悪い人がメガネ無しで見ているようなぼやけた光景。そんな中、柔らかな女性の声がする。



「貴方の子です。」



 そっと私の頬を撫でながら告げる女性の声がした後、温もりが消えてふわりとした浮遊感がして、私の身体が誰かに再び抱き抱えられる感触。



「小さい………。」



 低い声で誰かが呟くと、私の掌をやわやわとなぞる指。ぼんやりとした視界の中、銀の光が見える。



 ダメだ……眠い……。



 意識が次第に深く深く沈んでいき、私に語りかける声が遠くなる。



「マリー………。」



 低い囁き声を最後に、私の意識は完全に沈んだ。

 優しい優しい声だった。



 未だ重いまぶたを開けば、そこに見えたのは見覚えのある天蓋てんがいだった。パチパチと何度も目をしばたたくと、ようやく頭がはっきりとしてくる。



 確か、フローレス侯爵家で………。



 身体を起こそうと肩に力をいれて身動みじろぎすると、途端に胸元に激痛が走り、私はうぅと呻いて身を小さく縮めた。

 ヒリヒリ、ズキンズキン。疼くような痛みが胸元と肩辺りにする。フローレス侯爵家のお茶会でアクセルに煮えたぎった湯をかけられたことを、思い出した。

 痛みから、余計にアクセルへの怒りが増す。



 もう、本当に本当に本当に、あの男嫌い!



 初めてのお茶会も、商談も邪魔され、あげくの果てにあの男のせいで大やけどを負わされ。

 もう2度とあの顔を見たくない。



 ふと、消毒液のツンとした匂いがした。

 腕を除いて肩から胸元にかけた上半身全体に、何やらドロリとする粘液状の物が塗られており、その上に白い柔らかめのガーゼが置かれ、ガーゼが剥がれないようにするためか包帯がキツすぎない程度に緩く巻かれていた。

 下半身には巻きスカートのようのものを履かされていけれど、何だか裸に近いので心もとない。



「マリー様………?」



 私が動く気配に気づいたのか、天蓋からおりるカーテンの向こうから声がした。



「……ソフィ……ア……げほっ!」



 一体どのくらい寝ていたのか、水分が足りず喉が乾いてカラカラで、うまく声が出せない。

 乾燥で少し咳き込むと、その反動で少し動いただけで身体の痛みが再燃し、私はまた小さく呻いた。



「マリー様がお目覚めになったようです。」



 さっと天蓋のカーテンが数名の侍女によって開かれたかと思えば、



「失礼いたします。」



 ソフィアが端からベッドに乗ると、背中辺りに手を差し込まれ、労るように優しく上半身を起こされた。

 スルリと身体に掛けられていた布団が腰辺りに落ちる。別の侍女もベッドに上がり、硬めのクッションを私の後ろに置かれる。また別の侍女が柔らかめのクッションを硬いクッションの前に置く。そこでようやっとソフィアが、支えていた私の背をクッションに預けさせた。

 しっかりとクッションで身体が支えられ、楽な姿勢で上半身を起こすことができた。



「マリー様、お水でございます。」



 前世、病院でさんざん見た記憶のある吸い飲みがソフィアによって口に差し込まれ、吸い飲みの中の水が口内に入ってくる。

 ゆっくりゆっくりとそれを飲み干すけれど、まだ乾きを潤すには足らない。

 ソフィアの横に控えていた侍女がすかさず水の入ったピッチャーを差し出し、ソフィアが吸い飲みの蓋を開け、吸い飲みに水を補給する。

 腕ひとつ動かさず水を飲むことができるので楽だけれど、こうされるがままでいるのは何だか気が引けた。

 私が飲み干しては吸い飲みに水が補給されるのを何回か繰り返した後、尚も吸い飲みを差し出すソフィアを頭をふって止めた。



「もう大丈夫。喉の乾きは治まった。ありがとう。」



 私がそう答えると、今度はピッチャーを持った侍女とは別の侍女が、ソフィアに何やらドロリとした緑色の液体の入ったコップを差し出した。見た目は濃いめの青汁のように見える。

 ソフィアが吸い飲みの中身をピッチャーに戻すと、今度は吸い飲みの中に緑色の液体が注ぎ込まれていく。

 差し出されたそれは、物凄く濃縮された青汁のような強烈な青臭い匂いがした。



「痛み止めと火傷の化膿止めのお薬湯です。」


「え……うわぁ…………。」



 その匂いから飲むことを拒否したくなる気持ちに襲われたけれど、有無を言わさぬ様子で私の口に吸い飲みを押し付けるソフィアと目が合う。

 ソフィアが私を見て頷き、私は苦笑いして頷き返す。

 覚悟を決めた。

 その味はゴーヤーのような苦味のある青汁に、苦味を抑える為に蜂蜜のような甘さが足されて絶妙なハーモニーを描いていて甘苦い……とてもとてもとてもとてもとても不味まずい、その一言に尽きた。


 先程からの侍女達の連携の良さから察するに、私が目覚めたらすることを予め決められていたんだろう。


 顔をしかめ涙を浮かべながらも何とか我慢して薬を飲んだところで、廊下からバタバタと足音がした。

 誰かが何かをわめいているような声もする。

 ベッドの傍で控えていた侍女からソフィアが上掛けを受け取り私の肩に掛けると、私が目覚めたことを知らされたらしいダニエラが、侍女を伴って部屋に入ってきた。



「完全に目覚めたようね。3日も眠っていたのよ。」


「3日も!?」



 私が目を見開くと、ダニエラが痛ましそうな顔をして包帯で覆われた身体に視線を移す。



「相当痛むだろうからと、お医者様が配合した薬は鎮痛と一緒に鎮静効果のあるものだったようだから、その鎮静効果でよく寝ていたみたいね。たまに微睡むように覚醒しては痛みを訴えて、侍女が薬をのませるとすぐ眠ってしまっていたから。」


「全く覚えていないです……。」



 てっきり、フローレス侯爵家で倒れてからずっと寝ていたのかと思っていた。



「痛みはどう?」



 心配そうに様子を伺うダニエラを安心させる為に嘘をつく。



「……それほど痛くないです。」


「正直に話して?」



 私の気遣いがお見通しだったようで、ダニエラの視線に圧があり、黙っていることはできなかった。



「とても痛いです。動くたびに痛みます。」



 私がそう答えると、また廊下で何か声や音がした。何事かと、入口の方に私が視線をやると、ダニエラも同じ方向を見て苦笑した。



公爵ヘンリーとリアムが、貴女を心配して顔を見たがってるの。でも、その姿じゃ嫌でしょう?」



 自分の姿を改めて見下ろす。上掛けをかけてはいるけれど、包帯を巻かれただけの胸元、下半身は下着だけみたいな状態。


 うん、今は会いたくない。

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