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 アクセルは1周目の時、決して評判になるような頭のよい人物ではなかった。学院での成績は、試験を頑張って20位以内に入れば良い方で、基本的には40位前後をキープ。

 アクセルが既に学院入学レベルの学力を有しているのは、1周目の記憶を利用しているからだろう。それ自体は特段気にすることじゃない。私も同じようにマリーの記憶を利用しているからだ。



 1周目の記憶を利用して評判になるほどの学力を得て、周囲のアクセルを見る目が変わった筈だ。

 行動によって世界は変わる。行動を変えれば、周囲は変わっていく。

 私が1周目とは違い、仲の良い公爵夫人ダニエラによって素晴らしい娘だと噂が広めてもらえるくらいに。

 今の私はかつてのマリーとはまったく別の意思を持った別の存在で、アクセルの知っているマリーとは違うのだ。


 そしてそれはソフィアも同じことが言える。

 1周目のソフィアがマリーのことを知人に漏らしていたのは初耳だった。けれどそのソフィアは、ソフィアであってソフィアではない。今のソフィアとは別の存在。

 評判のよい娘の隠された一面を暴いたつもりになっている目の前のアクセルが、したり顔で私の反応を待っていた。


 大好きなエマを苛めていた私の評判が上がるのが許せないのだと思う。

 アクセルは評判の良い私を貶める目的で、この茶会に無理やり参加したんだろう。早めに私を牽制する為に。評判が良いからと、図に乗らないように。

 初めての茶会とはいえ、無作法をすればすぐに評判に直結する。噂とは怖いもので、いくらでも世論を動かせる。この会場の女性達は、皆、アクセルと私の会話を盗み聞きしているはず。

 アクセルのせいで妙な噂を立てられる前に、釘を差さないといけない。



 全てが1周目と同じとは限らないのに、その知人とやらに確認もせずに、1周目と同じ前提で相手を貶めようとするのは愚かとしか言いようがない。情報収集が足りていなさすぎる。

 ニヤニヤと何か期待するような顔をするアクセルに、私は困ったように頭を振った。



「確かに殿下のおっしゃる通り、私の侍女にソフィアという娘がいるのは間違いないです。ですが、その『ソフィアの知人』という方が信用に値するのか今一度お調べになった方が良いのでは?」



 少しアクセルを案じる風に告げる。

 私の言葉に次にキョトンとした顔をしたのは、アクセルの方だった。その表情が面白くて、笑いそうになるのを堪えながら続ける。



「私は幼い頃は身体が弱く、病気がちで別荘で乳母と侍女と暮らしておりました。今は居を本邸に移しましたが……その時共に過ごした乳母のグレッタと侍女ソフィアは、今もオーランド本邸で勤めています。今日の私の髪をセットしてくれたのも、そのソフィアです。」



 そう言って満面の笑みで自慢げに自分の髪を触って見せると、アクセルは愕然とした表情を浮かべた後にその顔が次第に赤くなっていくのがわかった。

 アクセルの肩がぶるぶると震え、机の上で拳を硬く握りしめている。



「そんなわけない。俺は確かに聞いたんだ!」


「では殿下の信用に足る人物に、オーランド邸を調べていただければよろしいかと。殿下の言う『ソフィアの知人』と共にお調べいただければ、顔も確認できますし、違う人物かどうかもわかります。」



 アクセルは尚もくい下がったけれど、私の牙城を崩せず私が涼しい顔をしているのを見て、ようやく己の知っている筈の事実が、今世にわたって事実でないことに気づいたらしい。



「そんな筈は………。」



 打ちのめされたような顔をして頭を抱えたアクセルに対して、ほんの少し涌き出た嗜虐心しぎゃくしん。私を貶めようとした仕返しだとばかりに、つい口にしてしまった。



「ところで……申し訳ありませんが、茶会の参加者名簿に殿下の名前が載っていたことを見落としていたようです。聡明と噂される殿下のことです。この茶会に何らかの意義を持って参加されたのでしょう。その意義を教えていただけますか?」



 私の言葉で、隣のテーブルにいた女性達が、笑いを堪えるように口元を押さえたのが見えた。

『もともと参加予定なかったのに、その誤情報言うためだけに参加したわけ?』と、オブラートに包んで聞いた訳だけど、周囲にもしっかりとその意味が伝わったらしい。

 今なら、アクセルがもしこの場で、『マリーはオーランド公爵家の本当の娘ではなく私生児だ』と茶会の参加者に主張されたとしても、どうせ誤情報だと判断されるに違いない。


 ここでそれを主張するほど愚かではないでしょう?


 わざとキラキラと興味深げな顔でアクセルの方に身をのりだし、口角をあげる。

 すると、頭を抱えていたアクセルがばっと顔を上げたかと思えば、カッとなったように残りわずかな紅茶の入っていたカップを持ち上げ……。



 パシャ。



 一応顔は避けたのか、私のドレスの胸元に向かって、カップ内の紅茶がぶちまけられた。

 光沢ある滑らかな素材のドレスは少しの水分くらいならあまり染み込む様子もなく、表面を茶褐色の液体が伝っていく。

 周囲の空気がザワリと揺れる。


 確かにアクセルを煽った私も悪いかもしれない。けれど、私が着ているドレスはこの茶会の主催者であるフローレス侯爵家が手配した素材から作られた、この茶会の要だ。

 そのドレスをダメにされてしまっては、茶会の意味がなくなる。それをわかっていて、アクセルは一番ダメージが私に来る仕返しをしてきたのだ。


 流石に物申すべきだと口を開こうとしたところ、私のすぐ近くでガタンという音がした。

 その方向に視線をやれば、先ほどまで静かに座っていたはずのあの『金髪の少女』が拳を硬く握りしめ、椅子から立ち上がってキッとアクセルの方をきつく睨んでいた。



「いい加減になさいませ、お兄様!」

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