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「殿下と同席できること、光栄に思います。母が申したように初めてのお茶会です。どうぞよろしくお願いいたします。」
改めてアクセルに向けてカーテシーをしてみせると、アクセルはただ気にくわないという風な顔でフンと鼻を鳴らしただけだった。
アクセルの態度はかなり腹立たしいけれど、心の内側で拳をギリギリと握りしめて堪える。
相手の態度に合わせて嫌悪感を露にするような真似を私はしない。感情を読み取られて揚げ足をとられるような真似をするほど愚かではない。下手な態度をとったら、王族に対して叛意があるなんて思われる可能性があるからだ。
たとえ『初めてのお茶会だから多少のことは許す』なんて言われていたとしても、紙に書かれたわけでもない口約束なんて信用できない。
目の前にいるのは、紙に書いてあったことすら理由をつけて反故にした男なのだから。
「隣に座れ。」
アクセルは私の言葉など聞いていなかったかのように命令だけした。完全に一方通行の言葉のドッジボール。まるで、わざと私の気持ちをわざと荒立てているんじゃないかと思うくらいに腹立たしい。
腹立たしい気持ちを落ち着かせるには数を10秒数えるとよいと聞いたことがある。数を1、2と内心唱えつつ、私に近づいてきた執事に椅子を引かれアクセルの右隣に座った。
執事はそのまま私に紅茶を給仕してその場を辞す。ついその姿をつい目で追うと、同じテーブルにいる少女の姿が視界に入った。
アクセルのことも気になるけれど、私が特に気になっているのは私より先にアクセルと同席していた少女の存在だった。
「俺の専属侍女がそんなに気になるか?」
私の視線に気づいた少女は一瞬目を合わせるが、すぐに気まずそうに視線を下げる。そんな私と少女の様子に気づいたらしいアクセルが口にした言葉を聞いて、私はすぐに彼に視線を戻した。
少女のことは1周目で見たことはない。アクセルが専属にしたほど気に入っているのなら、1周目で婚約していたマリーなら知っていそうなものなのに、記憶に一切ないのだ。
それに少女は王宮からアクセルが連れてきた専属侍女という説明を鵜呑みにするには、あまりにもその容姿が綺麗すぎた。
輝くばかりの絹糸のような美しい金の髪、焦げ茶色の瞳は長い睫毛で縁取られ、桜色のぽってりとした唇がなんとも愛らしい。彼女は所在なさげに席についてはいるが、ただの侍女とするにはその場にそぐわないという様子が全くといっていい程なく、気品すら感じられる。ただの侍女だとしても、王族についているならある程度の身分のある貴族のはずだ。ならば気品があるのも頷けるのだけれど、それだけにしてはその容姿に不思議と既視感があった。
しかしそれをアクセルに追及するわけにもいかない。今は王族が言っていることを受け入れるしかない。
ただアクセルの言葉に少しの納得はいった。アクセルが連れてきたから同席しているだけで、もともとの招待客は1人も彼と同じテーブルにいなかったんだ。
「とても美しい方だと思いまして。」
「俺の選んだ侍女だからな。美しいに決まっているだろう。」
「アクセル様の選んだ方でしたら、素晴らしい働きをされる方なのでしょうね。」
にっこりと微笑んで適当な理由を言うと、またアクセルはつまらなそうな顔をして吐き捨てるように告げた。アクセルの様子はまるで、思った態度とは違うといいたげな感じであった。
そりゃあ1周目のマリーなら他人を美しいというアクセルに嫉妬して、私の方が素晴らしいとアピールくらいするだろう性格をしていた。けれど生憎、私はアクセルに気に入られたくないのでそれなりのおべっかしか使う気はない。
アクセルはガシガシと己の頭を掻いたかと思えば、何か思い付いたようにニヤリと口角をあげた。
「そういえば……そなたの良い評判ばかり噂で聞くが、実はいろいろやらかしているらしいな。」
「やらかし………どのようなことでしょう?」
アクセルと私は今回がハジメマシテのはず。私はお茶会には出ていないし、隠れ家にいた時を含めても外出の機会は片手にあまるほど。家庭教師や家人とも仲も悪くはなく円満。『やらかし』などと悪い噂が出る理由など一切ない。無理矢理にでっちあげない限り。
だのに何を知っているというのか。そして何を言おうとしているのだろうか。
初耳だと言いたげにキョトンとした顔をすると、首をかしげて尋ねる。
するとアクセルは、こちらを揶揄するように嫌らしい顔で口を開いた。
「侍女を辞めさせただろう。」
「………じじょをやめさせた……。」
思い当たる節はない。あるとすれば、ダニエラが私が公爵の妹の娘であることをごまかす為に侍女をほとんど入れかえさせたこと。ただ私が公爵の姪であることは伏せられているし、この時点のアクセルが知っているはずがない。アクセルは学院でリアムから情報を得て、私が公爵の本当の娘ではないことを知るのだから。
私がアクセルの言葉にピンとこないと言った顔をすると、アクセルは何故か肩をいからせ続けざまにまくしたてた。そこには何か焦りのようなものが感じ取れた。
「そなたは小さな頃は本邸ではなく別邸で、侍女と乳母と共に育った。しかしワガママ放題だったそなたを見限った侍女は全員、本邸に移る際にその職を辞したであろう。」
まるで1周目の時の幼少期を完全に知っているような口振りだった。
まさか…という思いをしながらも、驚きを押し隠して確認する為にアクセルに尋ねる。
「たとえそれが本当だったとして、それをどこのどなたから聞いたのでしょう?」
私の質問に、アクセルは私が事実を突きつけられて焦っていると思ったのか、勝ち誇ったような笑みで答えた。
「お前の侍女をしていた、ソフィアという娘の知人だ。その人物曰く、仕事を辞してすぐにソフィアの行方がわからなくなったらしい。どうせそなたが何かしら手を回したのだろう?」
アクセルの言葉はあまりに衝撃的だった。
そして理解した、目の前の男は恐らく、1周目の記憶がある。1周目の記憶を持ったまま、アクセルも2周目を生きているのだ。




