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 広い会場内には丸テーブルがいくつも点在していて、それぞれ8人ぐらいの人が席に着いている

 そのうち中央の一番奥のテーブル、会場全体が見渡せる一番良い席に、私がこの世で一番会いたくない男がいた。

 1周目で婚約者であるマリー・オーランドを捨てた男、目立つ赤い髪の毛とアーモンドアイ。アンテレード王国第2王子アクセル・アンテレードが。


 たくさんあるテーブルのうちアクセルのいるテーブルだけ極端に人が少なく、アクセルが他の招待客から距離を置かれているのがありありとわかった。

 アクセルのテーブルには8人分の席があるというのに、アクセルを含めて2人しか座っていない。そこには身を小さくした艶やかな金の髪の身綺麗な少女が1人、アクセルから2つ席をあけてこちらに背を向ける形で座っていた。

 招待客は歓談をしているけれど、皆アクセルのことをチラチラと見て気にしている。

 異様な雰囲気だった。


 1周目の時、お茶会ではアクセルと懇意になりたい者がいつもたくさん彼の周囲にいた。その中には婚約者であるマリーを差し置いて、あわよくばアクセルと恋愛的な意味でお近づきになりたいと目論む女性もたくさんいた。

 けれどこのお茶会は、招待客リストにアクセルの名前なんてもともとないので、それを目的としている女性など参加しているはずもない。

 だから予定もしていない王族とどう接すれば良いのかわからず、距離を置いて様子見の人達が多いのだろう。

 私だってアクセルと関わりたくないから、できることなら遠く離れ席でことの成り行きを見守りたいくらいだ。

 けれど立場が立場なだけにそれもできない。

 せっかく初めてのお茶会だというのに、心穏やかでいられなそうで、思わずため息が出そうになる。

 目の前の男が何を考えているかなんてわからないけれど、無理やり参加したらしき様子を見ると、あまり良い感じはしなかった。



 アクセルは会場に入ってきた私を含めた3人に気づくと、口の端をニィと上げた。私の勘違いかも知れないが、その目は獲物を見つけた猛禽類の目に酷似しているように思えた。


 主催者であるフローレス侯爵夫人はダニエラに向かって微笑んで何かの合図のように頷いてみせると、すっとアクセルの方に向き直り彼のいるテーブルに向かっていく。

 流石にダニエラは数々の茶会に参加して不測の事態にも慣れているのか、彼女も臆することなくアクセルの元に向かっていった。

 私は強ばる顔を無理やりに笑顔にすると、ダニエラの後に続いた。



「アクセル殿下、このたびは私の主催するお茶会に参加して頂きありがとうございます。ぜひ紹介させていただきたい方がいるのですが、少しお時間をいただいてよろしいでしょうか?」



 侯爵夫人が丁寧な挨拶をしてアクセルに問いかけると、アクセルは尊大に頷いてみせた。



「良いだろう……確か、オーランド公爵夫人だったか?」



 この茶会がどのような意図で行われているか調べくらいついているだろうに、アクセルの言葉はあまりにも白々しい問いかけだった。

 商談の為にドレスまで用意して来ているのに、この男のせいで無駄になりかねない状況に頭が痛い。

 アクセルの視線を受けて、ダニエラは相手にとって好意的に見えるだろう笑顔で、ドレスの裾を持ち礼をしてみせた。



「ダニエラ・オーランドと申します。殿下には以前、王宮の夜会でご挨拶させていただきました。」


「ああ、俺はまだデビュタント前だからと夜会は1時間ほどで退席したが、挨拶を受けた覚えがある。」


「殿下のお噂はよく耳にしております。頭脳明晰で、既にキースウッド学院の入学レベルの学力を身につけておられるとか……。」


「俺のことをよくよく知っているようだな。」



 ダニエラからのわかりやすいお世辞にえらく気を良くしたようで、嬉しそうに口角が上がっているあたり、物凄く単純な男だと思う。1周目でもわかりやすいヨイショをしてくる者ばかりを周囲に置いて、苦言を呈する者からは距離を置いていた。その辺の性格は2周目でも変わっていないらしい。

 アクセルはニヤニヤとしながら、今度は私の方に視線をやった。私は多大なる嫌悪感を押し隠し、前に進み出るとダニエラを見習って好意的に見える笑顔を浮かべ、深々と頭を下げてカーテシーをした。



「アクセル殿下、初めて御目にかかります。オーランド家の長女、マリーと申します。」


「……………お前の噂は耳に入っている。随分と公爵夫人が自慢しているらしいが…………。」



 何か続いて言いたいことがあるような含みが感じられる言葉だったが、アクセルはその先は言わなかった。

 アクセルは頬杖をつき横柄な態度で目の前に立つ私を見やるが、その表情はどこか険を感じさせた。



「まぁ、いい。少しこのマリー嬢と話がしたいのだが、いいだろうか?そなたらは他のテーブルでゆっくりすると良い。」



 アクセルは紅茶が半分ほど入ったカップを手に取りゆらゆらと液体を揺らしながらダニエラとフローレス侯爵夫人に尋ねる。

 そこだけ切り取って聞けば、一目見て私のことを気に入ったのだととられても仕方のない発言だったが、アクセルの表情からは私への興味関心があるといった様子は感じとれない。

 一応、了解をとる形をとってはいるが、どう考えても拒否権のない問いかけだった。



「ですがマリーはお茶会は初めてで…殿下の満足いただける対応ができますかどうか…。」



 ダニエラがアクセルと私との前に進み出て、間に入るように立つ。私のフォローをする為に、同じテーブルに同席する許可をなんとか得ようとしたのだろう。するとアクセルはダニエラに対してわかりやすく表情を歪め、嫌悪感ををあらわにした。



「俺もデビュタント前だ、茶会にほとんど参加したことはない。だから多少の無作法には目をつぶるつもりだ。」



 つまり同席させるつもりはないらしい。

 胃が痛い。

 ダニエラは食い下がる隙をどうにか見つけようとしたが無駄だと悟ったらしい。



「承知しました………。ごゆっくりご歓談ください、殿下。」



 ダニエラは私を励ますように肩をそっと撫でると、こちらを気にしながらも別のテーブルの空いていた席に向かっていった。ただ視線を物凄く感じるので、何かあればすぐ助けてくれようとしているのはわかった。


 最悪だった。

 1周目のマリーなら、アクセル王子に『一緒に話がしたい』と言われたら舞い上って天にも昇る心地になっていたことだろう。

 けれど1周目を知っていてアクセルの性格も熟知している私からしたら、気分はこの部屋に入ってアクセルがいるのに気づいた時より更に最悪になっていた。


 ちなみに1周目でアクセルとマリーが初めて会ったのは、マリーのデビュタントの時。アクセルは私と同じ年齢で、王族がデビュタントの年とあっていつもより盛大に催された物だったらしい。

 けれど2周目の今、アクセルと会ったのはこれが本当にハジメマシテだ。だというのにアクセルのこの態度は、最初から私に会うのが目的で、私が初めて茶会に参加する情報を得て無理やりに参加したように見えた。



 知らぬはずの私とコンタクトを取ろうとする理由が一切わからない。ただ目の前にいる男は私に好意的ではなく、むしろ嫌っているような空気を漂わせていた。

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