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 あのエイダンとのお茶会からはや数日。彼は家庭教師を辞めて教師になる資格をとるための学校に通う予定ではあるけれど、急に別の家庭教師を探すのは難しいらしい。なので今年だけは家庭教師を続けることになった。だから今も変わらず家庭教師として公爵家に通っている。変わったのは……。



「なぜ休憩のお茶に参加されているのでしょうか?お兄様」



 いつもなら授業後はエイダンと2人でお茶をしながら最近あったことを話す歓談タイム。けれどなぜかリアムまで、その休憩の時間に私室にやってきた。

 家令のエドワードも、リアムが来るのが当たり前のようにリアムの分も茶と菓子を用意していた。

 私がカップを片手に怪訝な表情を隠さずに告げると、リアムは私の左隣に用意された席で素知らぬ顔で用意されたケーキを口にしている。エイダンはそんなリアムを微笑ましい顔で見ている。



「リアムお兄様?」



 返事がないので語気を強めて改めて問いただすように私が声をかけると、リアムはその手を止めてようやっと私の方を向いた。



「マリーの家庭教師はどのような人なのか知らないから、話をして人となりを知りたいと思ったからだ。」


「その割に他の家庭教師の時はいらっしゃいませんでしたね?」



 リアムの言葉に私が冷たい視線で冷静に返すと、リアムは露骨に目線を逸らした。私がむっとした顔でリアムを見ていると、そんな様子を見てエイダンが笑った。まるで小さな子どもがじゃれあっているのを温かく見守っているようなその視線を受けて、正直、気恥ずかしくなった。



「仲が宜しいんですね。お2人は。」


兄妹きょうだいだからな。当たり前だ。」



 エイダンの言葉に、私の代わりにリアムがドヤ顔で答える。それを聞いた私は心の中で、エイダンとの付き合いの方がリアムよりも長いんだけどね…なんて思っていた。

 リアムがエイダンに向ける視線にはどこか険があり、言葉にも刺々しいものを感じる。



「お兄様、私の家庭教師に失礼ですよ。」


「俺はマリーに悪い虫がつかないようにしているだけだ。」



 私がリアムの態度を咎めると、自分の態度は間違っていないと言いたげな返事。明らかにエイダンを敵視しているのがありありとわかる。



「まるでエイダン先生が私に懸想しているような言い方は止めてください。」



 そう言って私がリアムをねめつけると、リアムはなぜか勝ち誇ったような顔でエイダンに対してほくそ笑んだ。対してエイダンは涼しい顔でいる。

 私が深くため息をつくと、エイダンはリアムに対して軽く口角をあげて見せた。



「私は今後はマリー様と良いお友達になりたいと思っております。」



 それを受けてリアムも軽く口角をあげる。



「なれると良いな、良いお友達とやらに。」



 なんだか2人の間にバチバチと電気が走っているように見え、もはや2人の世界になっている。

 私は2人の会話に混ざるのを諦めると、カップの紅茶を飲み干した。すかさずエドワードが2杯目のお茶をサーブしてくれる。1杯目はエイダンの為に用意して貰っていたアッサム。2杯目は、いつも私が好む銘柄のお茶だ。ほんのりと甘みを感じるハーブ入りの紅茶。懇意にしている商会に特注でブレンドしてもらっているようで、紅茶の缶には商会の名前だけが印字されている。私がその紅茶を飲みながら壁掛けの時計を見ると、そろそろ束の間の休憩が終わる時間だった。

 エドワードもそれに気づき、リアムに声をかける。



「リアム様、そろそろマリー様の勉強の続きのお時間です。」


「もうそんな時間か…。」



 リアムが渋々といった感じで席から立ち上がると、そんな彼に対して、エドワードが背中を部屋から追いたてるように廊下に向かって押していく。

 そんなリアムの姿を見て私は苦笑しつつカップに残っているお茶を飲んでしまおうとすると、エイダンが私のカップを凝視しているのに気づいた。



「エイダン先生、どうしました?」



 私がエイダンに問いかけると、リアムを廊下に出したエドワードが戻ってくるのが視界の端に見えた。



「いえ、なんでもありません。」



 エイダンは頭を振ると、休憩する時に片付けた課題の用紙を私に差し出し、また授業がはじまった。

 その日は最後の授業が終わった後、いつもなら少しくらいする歓談タイムもなく、エイダンは用事があるのだと言って直ぐ帰ってしまった。

 エイダンに対して露骨に態度が悪かったリアムを夕食では露骨に無視したら、ご機嫌とりのつもりなのかデザートのフルーツを私に差し出してきた。悪い気はしなかったのでそれは受け取っておいた。

 それとこれとは別だ。別にこんなことで許したりなんてしないんだから!とフルーツを口にしながら。




 ☆☆☆☆☆



 それからしばらくして、私が初めて参加するお茶会が決まった。

 ダニエラが懇意にしている、商会を運営している侯爵家のお茶会だそうだ。

 その為に私は少し光沢のある山吹色のドレスやターコイズ色のドレス、朱色のドレスを代わる代わる身に付けさせられていた。どれもこれもその商会が扱っている生地からマダムルーシーが仕立てたものだ。

 アンテレードの隣国クラインから海を挟んだ先の大陸にある国から仕入れたもののようで、これから売り出す予定で宣伝の為に公爵家に使ってほしいと持ち込まれたらしい。

 シルクのようになめらかな肌触りの生地で、着心地も良い。海の向こうからの品物だと、船便と馬車での運搬の料金もばかにならないし、相当なお値段が想定でき、それが3着もあるとなると眩暈がしそうになった。



「どれも似合うから迷うわね……。」



 私が今着ている山吹色のドレスを見て、ダニエラが頬に手を当てて考え込んでいる。私としては身体が締め付けられないモノなら何でもいいので、早く決めてほしかった。ただあまりにもダニエラが真剣に悩んでいるので、何でもいいとは言えず大人しく着せ替え人形になるしかなかった。



「私は青いドレスが好きです。」



 丁度、緑と青の中間のようなカラーのドレスは、春から夏へと代わる季節に合っていると思った。

 というか、もうそれに決めてくれという意味を込めて告げると、ダニエラは表情を明るくしてルーシーに告げた。



「なら、青のドレスにしましょう!裾を少しあげてスカートにドレープをもう少し増やせるかしら?動くたびに上品に………。」



 ドレスが決まった途端、今度はもう少しドレスのデザインに手を加えようというのか更にルーシーとダニエラが話し込みだした。針子に指示が飛び、トルソーに着せられている青いドレスにまち針がつけられていく。

 私はようやっとドレスが決まったことで着せ替え人形から解放され、近くのソファーに座り込んだ。

 まち針がつけられるたびにドレスの裾が揺れ、光沢があるからこそ揺れるたび、室内の明かりを受けたドレスは不思議な色合いに見える。それはまるで、寄せては返す……。



「海みたい。」


「え?」



 私がぽつりと呟いた言葉をダニエラに聞き返され、私ははっとして慌てて言い直した。



「いえ、海……ってこんな感じの色なのかな…って。海のことを書いた本を見たので!」



 マリーは隠れ家と公爵家周辺しか知らないはずだから、海を見たことがあるはずがないのだ。必死に誤魔化すと、私の言葉でルーシーが目を輝かせた。

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