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 このまま空気を読んで何事もなかったように話を流して、適当に話をしてお茶会を終わらせることもできる。

 けれど私が謝罪した時に、エイダンは「何のことか」と笑顔でとぼければよかったものを、彼はそれをしなかった。

 それは彼の誠実さから来たモノなのか。

 しかしそれは私の教えられてきた権謀術数に長けた、また私が想像してきた貴族像とはかけ離れている。

 そして彼をこのまま帰したら、近いうちに家庭教師をやめてしまいそうな、そんな気がした。

 彼が学院で先生をするのならば、いつか学院で会うこともあるだろう。けれど彼が家庭教師をしていた時のような関係は望めないことは、容易にわかる。

 たとえ家庭教師を続けてくれたとしても、貼り付けた笑顔を浮かべ続けるエイダンを見たくはない。

 それに私のお茶会の目的は、「お客様が心地良いと思える空間」にすること。


 エイダンがなぜここまで学院のことを聞かれるのを忌避するのかは、わからない。

 けれどこのまま話を続けても止めても、結局拗れるのならば。



「エイダン先生にとって、私の家庭教師をするのはお辛いことでしたか?」



 私がそう話を切り出すと、ようやっとエイダンは顔をあげた。



「いいえ。」



 エイダンは即座に否定する。そう告げる彼の瞳に嘘は感じられない。その言葉と様子に、心底ほっとした。



「私はエイダン先生に教えていただけて良かったです。先生は言語学だけでなく、外の世界の様々なことを教えてくださりました。それだけで、世界が広がるような気がしました。」



 私がそう言って微笑むと、エイダンは目を見開いた。エイダンは隠れ家でも公爵家でも、授業が終わると休憩時間にお茶をしながら、様々な話を聞かせてくれた。

 隠れ家から出られない私にとって、外の知識を得る貴重な時間だった。

 公爵家の血筋だというのに、隠れ家で2人の侍女と共にたった1人。

 聞かずとも、彼は私が公爵家にとって隠された存在だということに否応なしに気づかされただろう。そんな私に外のことを教えてくれたのは、せめてもの情だったのかもしれない。

 それでもそんな配慮がありがたかった。

 軽い気持ちで質問してしまったけれど、エイダンに伝えたことは私の本当の気持ちだ。



「そんなエイダン先生だから、もし学院で教鞭をとられるなら他の子ども達にとっても良い先生になられるだろうと思ったのです。でも、不快に思われたのでしたら、申し訳ありませんでした。」



 私が頭を下げると、エイダンの息をのむ音が聞こえた後にしばしの間があり、私が顔をあげるとエイダンと視線がぶつかった。彼は狼狽えたように目をしばたたかせると、次第にその表情が和らいでいき、ようやっと彼が口を開いた。彼が口にしたのは、重い思い出話だった。



「私が学生の時、学院で良い成績を取ると、口さがない同級生に陰で言われました。『どうせ、父親に試験の内容を教えて貰っているに違いない。』と。けれど逆に試験で少しでも悪い点をとると、『父親が学長なのに、息子はこの程度か。』と。」


「ひどい…。」



 私がひどく憤慨して思わず声を漏らすと、彼は苦笑した。



「しかしそんな彼らも、卒業が近づくと誰も彼も内申点を高くして貰おうと、私にすり寄りました。下級貴族でも、成績が良ければ良い仕事に就ける確率があがるからです。」



 エイダンが自嘲気味に笑う。



「あからさまに、私を褒め称えました。君は良い成績だから、きっと、良い先生になれる、と。父の仕事を見ていて、教職に興味はありました。友人にもそのことを言ったこともあります。けれどそんな彼らの言葉を聞いて嫌気がさし、1度は教師という仕事から目を背け、医学を学ぶ為に大学に行きました。」



 そう告げて、エイダンはどこか遠い目をして壁に飾られた絵画を見つめた。その姿は遠い過去を懐かしむというより、苦しんでもがいてるように見えた。

 彼の学院に対する忌避に納得がいった。そして、彼が私がした質問に対してあんな態度をとった理由も。彼の言う同級生のような気持ちは一切なかったけれど、私は彼が一番されたくないことをしてしまったのだと気付き、深く後悔した。

 私が顔を曇らせると、彼はそんな私を慰めるように、ふふと笑いかけた。



「医学の大学に通っている時も、社交の場に出るとよく言われました。なぜ父の手伝いをしないのか?医学なんて学んでないで、家を手伝って先生になればいいのにと。それにほとほと嫌気がさしていた時、マリー様の父上であるオーランド公爵に言われました。『娘の家庭教師をしてくれないか?』と。初めてでした。家の手伝いをしろ以外のことを言ってくれる人は。」



 エイダンの言葉に、私は目を見張った。一息ついて紅茶を飲むと、彼は続ける。



「公爵がどういう経緯で私に声をかけたのかはわかりません。けれど公爵の言葉は私の救いでした。だから、それを引き受けた。そして今、マリー様に先生という仕事が合うのだろうと言われた時に気づきました。嫌気がさして医師の勉強をしながらも、結局は巡りめぐって医師せんせいと呼ばれる職の勉強をしていたことに。」



 そう言って微笑む彼に私は告げる。



「家庭教師も、先生です。」


「そうです。結局、私は先生というものから逃れられない。好きなのに、周囲の言葉を気にするあまり、その気持ちに蓋をしていたのでしょう。」



 先ほどの貼り付けた笑顔とは違う、澄みきった笑顔を浮かべるエイダンが目の前にいた。彼は過去からふっきれたのだと思った。

 そんな彼に、私は改めてさっきと同じことを告げた。



「エイダン先生は、良い教師になると思います。先生に勉強を教わっているからこそ、そう思います。」



 私の実感のこもった言葉にエイダンは目を伏せると、頷いた。そしてどこか満足そうに、彼は口角をあげた。



「近い内に、教職をとる勉強を改めてしようと思います。その場合、家庭教師を辞すことなると思いますが、お許しいただけますか?」



 エイダンのその言葉に、私は一も二もなく頷いた。



「キースウッド学院で、エイダン先生に勉強を教わるのを楽しみにしています。」


「私も、マリー様とキースウッド学院で会うのを楽しみにしています。ただ……。」


「ただ……?」



 エイダンが意味深げに何か言いかけたので首をかしげると、彼は目を細めた。



「先生という立場以外でも、私と会っていただけますか?」


「先生という立場以外……………友人とか……ですか?」



 その言葉の意味がわからず私が目をしばたたかせると、エイダンはそんな間の抜けた態度をとる私に破顔した。



「そうですね。そのようなものです。」



 そのまま、お茶会は大成功?で幕を閉じた。

 ただ最後のエイダンの言葉の意味だけは、よくわからなかった。

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