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光が明滅し、視界がチカチカする。酔ったように頭の中がぐるぐるとし、その症状が落ち着くまで少し時間がかかった。
気がつけば私の前には、青みがかった銀髪に、白いネグリジェを着た美幼女がいた。見た目から察するに、5歳か6歳くらいだと思う。
「マリー様、今日の衣装はいかがいたしましょう?」
その少し後ろには美幼女だけではなく、黒い詰襟のワンピースにクリームがかったエプロンをつけた女性もいる。焦げ茶の髪を後ろでまとめ、シニヨンにしている。マリーまでとはいかないが、きれいな女性だ。
まるでメイドのようなその女性の口が動き、マリーの名を呼ぶ。ただその声は、前方ではなく後方からかかっている。
私が手を伸ばせば、つるりとしたガラス面を指が撫でた。目の前の幼女も、私の動きに合わせて腕が動く。
「鏡………。」
そうか、鏡に映っていたのか……。いや、ちょっと待って。
目の前にあるのが鏡だとすれば、そこに映りこんでいる幼女は、私だということになる。
先程までの、腕を騎士に引かれたときの感覚が微かに残っている。腕を擦ろうとすれば、そこでようやく自由に自分自身で体が動かせていることに気づいた。
マリーがマリーとして人生を生きた記憶が、私の中に残っている。マリーの記憶の中の小さな頃の姿と、目の前の鏡に映った姿が合致した。
さっきまでは、マリーの中にいて状況を見守ることしかできなかった。
けれど今は私が、マリー・オーランドになっている。VRが現実となってしまっていた。
マリーの中に入っていたのもありえないけれど、マリー自身になってしまっているのも、更にありえない。
「マリー様、どうされました?」
マリーの記憶に頼ると、そこで私ことマリーに声をかけてきていたのは、生家で身の回りの世話をしてくれていたメイドだった。
彼女の名前は、ソフィア。ソフィアの母グレッタとソフィアの2人は、公爵家に引き取られるまで、世話をしてくれていた。
マリーの母親は公爵家のお嬢様。世間知らずの娘が、1人であてもなく子どもを産めるはずがない。
恐らくこの生家も公爵家が用意した隠れ家で、メイドも公爵家が斡旋したに違いない。
マリーが公爵家に引き取られるのは、7歳のとき。ソフィアがまだいるということは、まだその時ではない。
ごまかすように、咄嗟に、頭に受かぶマリー像を演じて答えた。自分が、以前のマリーと違うと悟られてはいけないと思ったからだ。
「な………んでもない。お母様のことを思い出していたの。」
「亡くなられてから、もう半年が経ちましたね。」
沈痛な面持ちで呟くソフィアの言葉で、マリーの年齢を察した。現状を知る、貴重な情報だ。
マリーの母親は、4歳のときに亡くなる。ということは、今はマリーの年齢は4歳か5歳。公爵家に引き取られるまで2年から3年ある。
下手なことは聞けないので、慎重に情報を引き出すしかない。
「ごめんなさい。衣装の話をしていたわね。私に似合うのを適当に見繕ってくれる?」
ソフィアの会話を止めてしまったことを謝り、衣装を相手に任す。この年齢の時にどんな服を持っていたかなんて、マリーの記憶を辿っても覚えていない。なんとか自然な答えができたと内心思ってほっとしていたが、そのまま振り向けば、ソフィアが目を丸くして固まっていた。
「ソフィア、一体どうし…………あ。」
なぜソフィアが驚いているのかに、気づいたからだ。
マリーは母親を亡くしてから、わがままになった。甘えたくても甘える相手がもういない。しかも、私生児がいるのは醜聞なので葬儀にも立ち会えず、ただ喪服を着て寝室で泣くことしかできなかった。
寂しさを埋める為、メイドにわがままをいって甘えていたのだ。メイド2人は仕えている身分なので、その命令に従うしかないし、叱ることもできない。
そんなマリーが、謝るなんて笑止千万。するわけがない。
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