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「どうぞ、お座りになってください。」



 私が席を勧めて椅子に座れば、エイダンは淡い緑色の目を細め口角を上げた。

 エイダンが席に着くと共にエドワードがスッと近づき、白磁のカップに紅茶をサーブしていく。


 流石に結婚前の男女をたとえそのつもりはなくとも2人きりにはさせられないと、公爵がお茶会には家令のエドワードと3人もの侍女をつけた。もちろん侍女のうちの1人にはソフィアもいる。

 多く人をつけたのは、エイダンが不埒な真似をしないかという見張りのつもりらしいと、ダニエラが笑いながらこっそり教えてくれたのだ。

 まるで本当の娘を心配する父親のようで、苦笑すると共になんだかむず痒い気持ちになった。

 確実に1周目とは周囲が変わっているという、わかりやすい変化だった。

 ただ散々隠れ家でエイダンと2人きりで勉強を教えてもらっていたので、物凄く今更な気は否めないが。



 用意した紅茶は、ゲームの設定でエイダンが好んでいるアッサムティー。

 注がれた紅茶の匂いにエイダンは不思議そうに片眉をあげた。その様子から私は、彼が何を言いたいのかをわかってしまった。



「ジャスミンティーではないんですね?」



 私が考えた通りの質問が来たので、笑顔で返す。



「いつも先生がいらした時はアッサムを用意していたので、こちらをお出ししたのです。でも先生が言ってくだされば、ジャスミンティーもすぐに用意できますわ。」



 私がそう言うと、キースウッド領特産のジャスミンティーの入った缶を、私の隣に立ったソフィアが胸の辺りで見せるように持つ。

 家庭教師として来ていた時はいつもアッサムティーだったから……なんて理由付けをして説明したけれど、本当の理由は違う。

 エイダンはジャスミンの花は特産だから嫌いではないけれど、ジャスミンティーは苦手という設定がある。だから私はあえて最初からそれをサーブするのを避けた。でも嫌いなことを聞かされてもいない私が知っているわけがないので、事前にソフィアに言いつけて、一応用意はしているのだとアピールする為に準備はしていたのだ。

 すると、エイダンは苦笑して頭を振った。



「いえ、大丈夫です。実はジャスミンティーが苦手で。だからジャスミンの花が飾られているのを見た時、もしかしたらジャスミンティーが出されるのではと内心びくびくしていたのです。」



 冗談混じりで話すエイダンに向かって自分でもわざとらしい気はしたけれど、口元に手を当てて驚いたような顔をして見せた。



「まぁ!ジャスミンティーをお出ししなくて正解でしたのね。」



 ソフィアがジャスミンティーの缶をカートにスッと戻すのが視界の端で見える。素晴らしい連携だと内心ほくそ笑む。



「花として観賞するのも匂いを嗅ぐのも嫌いではないのですが、飲むとなるとあの甘ったるいような香りが口の中に広がるのがどうも苦手なのです。」


「では花の匂いのするハーブティーもあまり好きではありませんの?」


「そうですね。」


「では先生がいらっしゃる時は、気を付けるようにいたしますね。」


「ありがとうございます。特にアッサムが好きなので、これが用意されていてとても嬉しかったです。」



 エイダンが表情を綻ばせるのを見て、心の中でガッツポーズをとった。

 お茶会の序盤は上々と言えるのではないだろうか。まだ油断は出来ないけれど。

 紅茶や茶菓子を楽しみつつ、なんとか会話が弾んでいる。そこでエイダンに前々から聞きたかったことを聞いてみることにした。



「ところで先生のお父様は、私もいつか通うことになる学院の学長をされていますよね?」


「ええ、そうです。侯爵として領地を治めつつ学長を勤めるのは大変なようで、王都のタウンハウスと領地のカントリーハウスを何度も行き来していて、小さな頃は相手をしてもらった記憶がほとんどありません。」



 そう言ってエイダンは何か苦い思い出でもあるのか困ったような笑顔を浮かべ、肩をすくめて見せた。



「先生は、いつか後を継いで学長になられますの?」



 その時、私が続いてした質問に対し、エイダンの表情が一瞬陰った気がした。あまりに僅かな変化だったので思い違いかと思った。



「さあ、どうでしょう。他の方に学長を継いでもらうかもしれません。父の大変そうな姿を見てきたので、自分もするとなると少し肩の荷が重い気がします。」



 表情の陰りは気になったが、返事はよどみもなくするすると返ってきたので、やはり気のせいだったのだろうと判断した。



「そうなのですね。では……学院で教鞭をとる予定などはございますか?」



 一番聞きたかったのはこっちだ。

 ゲームでは、マリーが入学する時には既に先生として学院にいたエイダン。けれど未だ学院に先生として行っている様子はなく、週に2回、午後に家庭教師として通ってきている。休憩は挟むけれどみっちり3時間の授業。

 もし学院に教師として行くならば、私の家庭教師をしている場合ではないと思ったのだ。


 そんな軽い気持ちでした質問に対し、エイダンはあからさまに取り繕ったような笑顔を浮かべた。

 明らかに、聞かれたくないことを聞かれた人間が、それを気づかせないよう表情をしているような様子だった。


 なぜそんな態度を取るのかわからなくて、その場に漂う空気の僅かな重みに、私は即座に頭を下げた。その空気に耐えられなかったからだ。


 先程からエイダンは、家のことや学院の話になると若干ではあるが態度がおかしかった。それが聞かれたくない話なのだと気づくのが遅すぎた。明らかな失態だった。



「私の質問で不快な思いをさせてしまったようで、申し訳ありません。」



 エイダンはわずかな機微にまさか気づかれると思ってもいなかったようで、謝罪した私に頭を下げてきた。

 貴族なら、些細な表情すらも気を付けなくてはいけない。僅かな変化を気取られれば、相手に隙を与えることにもなりかねない。考えを気取られ、利用されるのは命に関わることもありえる。

 そう家庭教師には教えられていた。

 エイダンは7歳の少女相手だからと、私のことを見くびっていたのかもしれない。

 私が謝罪したのは、相手が見せた隙を利用するつもりは更々ないという意味も込めていた。



「いえ、マリー様が謝罪する必要はありません。」



 頭を下げたままのエイダンを見て、私はエドワードに告げた。



「エドワード、お茶のおかわりをお願い。」



 私の意を介したらしいエドワードは、共についていた侍女3人と連れだってお茶会室を出ていった。これでお茶会室には私とエイダンの2人になった。ただしお茶会室の扉は、エドワードが開けていった。公爵から2人きりにしないように言いつけられているので、せめてもの配慮だろう。

 扉が開いているなら、いつでも他の人が入り込める状態なので2人きりでない……という。


まもなく連載から1周年になります。よろしくお願いいたします。

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