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公爵家の庭園の緑が青々と繁り、2階のテラスからは庭園の入り口にある花を纏ったアーチをはじめ、そこかしこに咲き乱れる美しい花々が臨める。
ただその花は綺麗だけれど、その広大な敷地のところどころの土が掘り返され、土が盛り上げてある場所が点在していた。
その惨状に私が微妙な顔をしていると、そんな私の様子に公爵夫人が苦笑して告げた。
「本当は綺麗に庭を整備した後にテラスに誘いたかったんだけど、この光景が見れるのは今だけなのよ。ほらご覧なさい。」
そう言ってダニエラが遠くを指差す。その示す先に視線をやれば、太陽がはるか遠くに見える山の稜線の向こうに消えていき、空が茜色に染まる。それがゆっくりと薄紫へと転じていく様に、つい魅入ってしまった。
季節は初夏。髪を揺らす風は夕方だというのに少し生温く、本格的な夏が迫っていることを知らせている。
私が公爵家に来てから1ヶ月がすぎようとしていた。
公爵がどう対応したのか知らないが、辺境伯からの動きはあの一件を境になりを潜めた。公爵から知らされていないだけでまだ贈り物や手紙等が届いている可能性もあるけれど、知らされていないなら何もないのと同じだと思うことにした。
テラスに置かれた丸テーブル。丸テーブルを間に挟み私の向かいに座っているダニエラは、陽がゆっくりと沈む様にまだ魅入っている。その横顔を、私は不思議な気持ちで見つめていた。
公爵家のテラスにある丸テーブルは、ダニエラがお茶をするのに一番のお気に入りの場所だ。テラスから庭を臨みながらお茶をするのが好きなのだと言って、今日は良い景色を見せたいからと夕食前のお茶に私を誘ってくれた。
1周目でマリーを好いていなかったダニエラはマリーをそのテラスに近寄らせず、マリー自身も嫌われていることを分かっていたからあえてそこに行こうとはしなかった。不用意に近づいて更に嫌われたくなかったからだ。
だから1周目では近付けもしなかった場所に、そのダニエラ本人に誘われてお茶をしているのが、感慨深いものがあった。
私がダニエラから視線を庭に移して何とも言えない気持ちで見ていると、フフと笑う声がした。笑い声の先にいたのは、もちろん一緒にお茶をしていたダニエラ。
ダニエラは私が掘り返された庭について不思議に思って見ているのだと思ったのか、聞いてもいないのに説明してくれた。
「あれはね、庭から古代遺物が見つかった跡なの。」
「古代遺物!」
私は興味深げに目を見開いた。
実は1周目でも公爵家に来たばかりの頃、庭にぼこぼこ穴が空いていたのを知っていた。けれど侍女や執事に聞いても『庭を整備しているだけです』としか返事がなかったので、その理由で納得していた。たぶん公爵やダニエラがマリーに伝えるのを止めていたんだと思う。
このアンテレードの土地からは、ごくたまに古代遺物というものが発掘されることがある。アンテレードよりはるか昔にその土地に存在したらしき古代文明の遺物らしく、すべて国に接収されて学術的調査がされている。
それは物凄く綺麗なアクセサリーだったりすることもあるらしく、古代遺物には不思議な力が備わっていることもあるらしい。
ゲームでは学院の競技場を整備していたら出土したと話題になり見に行くイベントがあった。
もし1周目でマリーが知らされていたら、それが綺麗なものだったら欲しいと騒ぎ立てそうな気がするので、黙っていて正解だと思う。
古代遺物が1つでも見つかったら、その土地を国の研究機関が他に出土しそうな場所がないか調査し終えるまで、何も触れてはいけない決まりがあるらしい。
「結局、土地からは1つ見つかった程度でもうすぐ調査は終わるみたいなんだけど、はやく庭を整備したいわ。」
「流石に穴だらけはちょっと嫌ですね。」
咲いている花が美しいだけに、穴だらけの庭が更に無惨に見える。
日が沈んでいき、私が生きていた現代のように街灯があるわけでもないので、流石にテラスから外の景色を見ているのは無理がある時間になってきた。そろそろ夕食の準備も終わる頃だろう。
手元も背後の部屋から漏れる光がないと、流石に暗くてお茶を飲んでいる場合ではない。
屋敷からの灯りを背に、紅茶のカップを手にしていたダニエラはカップを見た後に私に視線をやると、口を開いた。
「マリー、お茶会デビューをしてみない?そろそろこの家での生活に慣れてきた頃合いでしょう?」
ダニエラは、手にしていたカップを掲げて見せた。
お茶会デビュー、つまり貴族に必須の社交だ。
ダニエラは友人のお茶会や、夫婦で他の貴族主催のパーティーに招待されて参加していた。
私はデビュタント前なので本格的な社交はまだ先のこと。けれどダニエラがどうもお茶会で私のことを話題にだしたようで、ダニエラへの招待状に私もよかったら是非にという声が増えてきたらしい。
ただ現状として同年代の知り合い、もとい友人がいない私は、ダニエラの親しい友人のお茶会だとしてもうまくその場の話題についていけるのか、たとえ社交の練習だとしても不安があった。
「できたら、お茶会の練習がしたいのですが。例えば家庭教師のエイダン先生相手にホストとしての練習をする……とか。」
エイダンは教師をするのが隠れ家から公爵家に移っても、変わらず家庭教師を続けてくれていた。
エイダンの名前をだしたのは、攻略キャラクターということでまったく趣味も何もわからない相手ではないし、他の家庭教師よりは話がしやすいと思ったからだ。
私の意見にダニエラは何か思うところがあったのか、賛成してくれて夕食の時にそれとなく話題として公爵とリアムに話したところ、なぜか2人はそれに難色を示した。
「練習するのはいいが、何も男性でなくとも…。」
「年の近い女の子はいないのか?」
そんなのいたらとっくに意見としてだしてます。すみませんね、友達もいなくって。
どうも公爵とリアムは、エイダンが婚約者もいない未婚の男性であることに懸念を示しているらしかった。貴族は早いと5歳で婚約者が決まる者もいるらしく、婚約者同士にかなりの年の差があるのは、よくあること。またエイダンの家は侯爵なので、公爵家の令嬢の相手としても十分ありえる家格であった。
けれど2人の難色にダニエラが、
「夫の代わりに夫の友人男性をもてなすこともあるのだから、その練習だって必要よ。それにエイダン先生はまったく知らない相手ではないから、マリーだって話がしやすいでしょう?多少失敗しても大目に見てもらえるし、家庭教師としておかしな点は指摘してもらえるはずだわ。」
と言ったことで、公爵とリアムは顔を見合わせた。
ダニエラの中でエイダンを相手に茶会練習をするのはもう動かせない決定事項になっているようで、言われた2人は渋々了承せざるをえなかった。
ダニエラに教えられ手始めに練習としてエイダンにお茶会の招待状を書いたところ、すぐに良い返事が返ってきたので、次のエイダンが家庭教師をする日が私が主催のお茶会の日に決まった。




