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 公爵が髪飾りの入った箱を視界にいれつつ、付け加える。



「これは、助けてもらったことへの感謝の印だそうだ。」



 公爵は淡々と述べているようで、その声が少し重々しい。けれど、その理由も大いにわかる。

 ライアンはデルタのふりをしつつ身を潜めているはずなので、王子であることを隠すために、あまり目立った行動は慎むだろうと考えていた。

 だから次に接する機会は学院の入学式だと単純に思っていた。

 けれどこの贈り物からはそんな慎みは一切見えず、明らかにオーランド公爵家を取り込んで派閥を広げようとする姿が見てとれる。贈り物の後ろにモリソン辺境伯の影が見えた気がした。

 いや、モリソン辺境伯だけじゃない。モリソン辺境伯の後ろには更に、ライアン王子の母君、第2妃の母国の存在もあるような気がした。



 第2妃の母国は、アンテレード国に隣接する小さな国クライン。クラインはアンテレードの同盟国で、その同盟強化の為にアンテレードに第2妃を嫁がせた。

 でも、嫁がせた姫が亡命するほどの目にあっているのに、表立ってことを荒立てることができない立場の同盟国って………。


 そういえばゲームで設定上、亡命していることを知っている私のことは別として、第1王子の存在は今、一般的にはどのように知らされてるんだろう。

 近代史の家庭教師も、この国には妃が3人いて、この国には王子が2人と姫が1人いると教えてくれた。1周目でも、第1王子は母親の自国の学校に入学するとしか聞いていなかった気がする。

 つまり表立って第2妃と第1王子が亡命しているとは世間に広まっていない。

 でも辺境伯家からの贈り物を本来なら即座に突っ返せる立場の公爵がそれをできていない様子を見るにつけ、2名の亡命とライアンの台頭、辺境伯の動きを公爵が知らないようには見えない。

 国の上層部で秘されている?

 公爵は貴族院の議員だから知っていてもおかしくなさそうだ。

 他にもいろいろ思うところがあるけれど、判断材料が少ないので現状、『よくわからない』。



 ともかく私の想像通り第1王子の派閥を広げる足掛かりに私のことが使われようとしているのなら、そんなのは嫌だ。王族とは関わりあいにならないと決めたばかりなのだ。

 それにいくら公爵が第1王子ライアンの存在を知っていたとしても、私自身はライアンから「モリソン辺境伯の息子であるデルタ」としか聞いていない。第1王子ライアンなんて存在には、会っていないことになっている。そこに逃げ道があった。

 私は公爵の方に、遠慮がちに髪飾りの入った箱を押し戻した。



「お礼とはいえ、辺境伯家からこのような大仰な品はいただけません。それに助けてもらった礼とおっしゃいましたが、私は以前デルタ様にお会いした時に、助けていただきました。今回はその恩を返したようなものですし、このような物を頂いてしまっては後で何を要求されるか……。」



 そう言って、困ったように肩をすくめてみせる。



「ジェイに少し話は聞いたが、馬車酔いしたのを助けられた…とか?」


「はい。以前、ルーシーの仕立屋を訪ねた時に、慣れぬ馬車に酔ってしまって。気分を悪くしていたところにデルタ様と会いましたところ、レモン水を持ってきて下さったのです。そのまま会うこともなくお礼する間もありませんでしたし、その時は何処のどなたなのかも存じ上げませんでした。」



 ルーシーという言葉で公爵夫人からの報告に覚えがあったのか、小さく「あぁ」と言って目を見開いた。

 どうやらソフィアは、公爵夫人にライアンと出会った時のことは伝えていなかったらしい。私がゲームの関係者だと軽く伝えたから、話すべきではないと判断したのかもしれない。



「恩を返しただけ……か。ただ、酔ったのを助けたのと、貴族に立ち塞がれたのを身を挺して庇うのとでは……。」



 私の言葉にそう返すと、公爵は顎に手を当てて考えこんでしまった。

 片や酔ったのを助けた、片や下手したら暴力的な目にあいそうになったのを庇って助けたのとでは、恩返しにしてもフェアではないということだろうか。突き返すにしても、相手が王族だということを加味すると、理由にしては弱い……?

 ならばと、私は箱につけてあったリボンを手に取った。

 私の髪の色である銀の刺繍がされた、ラッピングにするためだけに用意したにしては上等な、ビロードの赤いリボンを。



「どうしても礼を受けとらなければならない理由があるなら、このリボンで十分です。そう言って、モリソン辺境伯家にお返しください。」



 似合いそうでしょうと言いたげにリボンを掲げて自分の髪に当てて見せれば、公爵は笑う。

 相手に得心のつく理由ができたからだろう。

 リボンを置き、喉を潤すためにエドワードがいれてくれた紅茶のカップを手にする。その紅茶は少し冷めていたけれど、美味しかった。

 公爵は箱を手に、何か思い付いたように私に言った。



「これから、公爵家の娘として茶会に呼ばれることも多いだろう。その時、もしモリソン辺境伯についてどう思うか聞かれたら、今はこう返しなさい。『ロットゲルトの絵のようだ』と。」


「ロットゲルト?」



 それだけ公爵が言うと、エドワードが書斎の扉を開き、話がお開きになった。


 ロットゲルト、ロットゲルト、ロットゲルト。

 マリーの記憶にそんな名前の人はいない。家庭教師に覚え込まされた貴族名鑑にもそんな名前はなかったので、貴族ではないだろう。

 ロットゲルトの絵ということは、画家の名前だろうか。

 夕食の後で、ソフィアと連れ立って公爵家の書庫に行った。

 書庫にあるアンテレード国の美術品についてまとめられた画集。いくつもページをめくるうち、1つのページにたどり着いた。


 有名な画家、ロットゲルト。

 自分の家の庭を描いたとされるその作品は物凄く抽象的で、ともすれば子どもの落書きにも見える。



「ロットゲルトの絵に興味がおありで?」



 私が見ていた画集を、ソフィアが後ろから覗き込んだ。



「ええ、ちょっと気になって。知っているの?」



 ソフィアの方に振り向くと彼女は頷き、画集から目を離さす続ける。



「美術館に展示された本物を見たことがあります。わかりづらい絵ですから評価は分かれているようです。素晴らしい絵だと評価する人もいれば、まったくの駄作だと言う人も。もしくは。」


「もしくは?」


「どちらともいえない。」



 現状では第1王子の派閥に入るとも、第2王子の派閥に入るとも、どちらともいえず中立である。それが、モリソン辺境伯に対する評価の答えだろうと悟った。

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