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 エマは手を払いのけるどころか、彼女に向かって微笑みかける私を固まったまま凝視していた。

 まるで石像のように身じろぎせず、けれど顔は熱があるのかと思えるほど赤い。

 ただ、彼女を黙らせることには成功したと言えるだろう。あのまま彼女が「ライアン」だとか「第1王子」だなんて言葉を発していたら、私もエマもゲーム開始となる学院の入学ができるかすら危うい。



「………?」



 唇から指を離しても、彼女は私の目の前で 何も言葉を発することはなく、その口だけがわなわなと震えていた。


 熱でもあるのかと、体温を測ろうとその額に手を伸ばす。エマは私のその行動をただただ凝視したまま相変わらず動かない。



「マリー様!こちらにおられ……。」


「イヤァァァ!!」



 その時、私の後ろからジェイの声が聞こえたので振り向くと、途端にエマのつんざくような叫び声。そして私の手が払い除けられる感触があり、私とジェイの横をエマが走り抜けていった。

 彼女の奇行に圧倒され、頭に疑問符がぐるぐると回り続ける。走り抜けていったエマの方向に視線をやっていたジェイが視線を私に戻すと、ケーキ店で受け取ったのであろう白い紙箱を抱えた彼が、首をかしげつつ私のもとへとやって来た。



「マリー様、一体何が……。」


「えーっと……昔の知り合いに会ったんだけど、ちょっといろいろあって……。」



 とはいっても、さっきの彼女は1周目の人生でマリーから婚約者であるアクセルを奪って、かつ王宮の地下牢にいかせる羽目に合わせた人物で、2周目の人生で貴方の主であるリアムか第1王子ライアンを落とそうとしている人物です……なんて言っても信じるわけがないので、曖昧な説明しかできない。

 その上、黙らせる為に私の指で口を押さえたら、何だか相手の様子がおかしくなった……なんて言えるわけもなく。



「ジェイはどうしてここに?」



 無理やり話を止めて、話の矛先をジェイに向けた。さっきまでしていた話を聞かれてはいないかと探りをいれる意味もあって。



「店員からケーキを受け取った時に、店の窓からマリー様がこちらの方向に向かうの見えたので探しておりました。」



 そう言いながら、彼は私の方に歩み寄ってきた。

 彼の口ぶりや様子からは、エマとの会話を聞かれていたようには見えない。私は彼が何も聞いていない方に賭けた。



「そうなの?探させてごめんなさい。」


「いえ、すぐ見つかりましたので大丈夫ですが……マリー様はリアム様とご一緒に馬車におられたのでは?」


「あ……えーっと……。」



 馬車から降りた時にエマに捕まってしまったことで、その衝撃で頭からすっかり抜け落ちていた本来の目的を思い出し、その目的の相手を前にどうしようとまごついてしまった。そして言葉に詰まりながらも何か早く言わないといけないと何とかひねり出した言葉は、



「ジェイは頼りないなんてことないからね!」



 だった。

 唐突な私の言葉にジェイは動揺したのか「は?」とか「え」とか呟き、些か混乱している様子が見受けられた。



 急にそんなこと言われても困るでしょ!



 自分に突っ込みをいれ、ジェイに慌てて説明を付け加える。



「家に戻ったらジェイとゆっくり話す暇はないかもしれないから、ちゃんと話をしておきたかったの。だからジェイがいるケーキ店に行こうとしたんだけど……途中で知り合いに会って。」


「ああ……だから馬車ではなく、こちらに?」



 ジェイは私がここにいる理由に一応、納得してくれたようだった。ジェイに向かって頷く。



「言いたかったのは……あの、廊下でのこと。ジェイが頼りないと思ったから私が前に出たわけじゃないの。」



 ジェイに何て説明すればいいかわからない。

 新垣真理だった時の私は、今のジェイの年より数歳は年上だ。私は見た目は彼より年下なのに、精神的に彼より年上だと思ってしまっている節がある。

 隠れ家でも、私の事情を説明していたソフィアは私を見た目よりも年齢が高い人ととして扱ってくれていた。

 廊下で私がライアンやジェイを庇うように前に出たのは、自分が高位の立場なのもあるけれど、無意識下で『年下である彼らは守らないといけない』と思ってしまっていた可能性もあるのだ。

 それを説明するのはとても難しい。

 ともかく私が言えるのは。



「私、今まで別荘で乳母と暮らしてきて、世間知らずなの。だから、おかしなこといっぱいすると思う。だから、これからも私の行動が間違ってるとかおかしいと思ったら、今日みたいにちゃんと指摘してね。お願い。」



 ちゃんと理由が説明できなくて歯がゆい。けれど、私の思いは伝わったのかジェイは私の言葉に頷いた。



「わかりました。」


「うん、よろしく。」



 彼に本当の理由を言うことは、恐らく一生無い。けれど拙いこじつけのような理由に、彼は理解を示してくれた。これからは考える前に行動するのは止めようと深く誓った。

 なんとかジェイに言いたいことを言えてほっとしたら、ケーキ店でほとんど食べられなかったケーキがまた食べたくなった。



「リアム様の元に戻りましょうか。」



 そう言ってジェイがケーキの入った箱を私に差し出して見せる。その後、ジェイと2人でリアムの待つ馬車に戻った。

 私が話題を変えたことをそれが聞かれたくないことなのだと悟ったのか、それ以上エマとのことをジェイが聞くことはなかった。


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