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マリー視点
3人でケーキを食べていたけれど、あまりの気まずさにケーキをほとんど残してしまった。
ケーキは嫌いじゃないしむしろ好きなのに、さっきの出来事を気にしすぎて食欲が落ちていた。
さっきは私が矢面に立って自分の身分を明かしてモード侯爵を追い返した。でも侍従であるジェイを前に立たせて、ジェイに私のことを公爵家の娘だと紹介させる形にして、侯爵を追い返した方がよかったのかもしれない。
どこまで自分が出ていいものかわからなくて、もやもやして。美味しいはずのケーキが美味しく食べられないのは正直もったいないし、つらい。
とりあえず考えて考えた末の結論。
それは、あのモード侯爵の行動がおかしいということ。
侯爵がいくら文句を言いたくても、他の客を優先したのは店の都合だ。
他の客を優先したということは、優先した客がモード侯爵よりも高位の存在だということを意味している。
そのことを何も考えずに怒り狂って廊下に出てきた我々を怒鳴り付けたその行動は、明らかにおかしい。
少し考えれば、いくら目の前にいたのが子どもでも、自分よりも高位の貴族なことくらい想像がつくはずだ。
そこに都合よく護衛のつかないライアンが現れ、そこに都合よく私が出くわす。私は何も考えず、表だって身分を明かすことのできないライアンの為に自分が盾になるのが当たり前だと考えて矢面に立つ。
まるで起こるべくして起こった茶番劇。
それはゲームで言う『イベント』というものなのでは?
自分の知らないイベントらしきものが起こったのが不可思議だけれど、そうでなければ理由がつかないのだ。第1王妃に狙われるライアンが、護衛もつかず1人で行動していたことに。
特別室を3人で退室し、そんなことを考えながら階段を降りて外に出たら、リアムに腕をぐっと引かれたのでハッと顔を上げた。
気づけば目の前にはジェイがおらず、リアムしかいなくなっていた。
「あまり、思い詰めるな……。」
こちらを心配そうに見下ろすリアムに思わず「は?」と言いそうになったが、先程の特別室でのリアムの言葉を思い出して、慌てて口をつぐんだ。
リアムは私がさっき言われたことを気に病んでずっと黙っていたと思っているんだ。
気にしてはいたけれど、今は別のことを考えていましたなんて言えるはずもなく、誤魔化すように苦笑した。そして、こうも思った。
もしさっきのことがイベントだったとして、これからも自分の見知らぬイベントが起こったら、どうすればいいだろう。
その時に行動の選択を間違えて、必死に幽閉から逃れようとしてきた今までのことが、無駄になってしまったら?
今はまだ友好的な態度で接してくれているリアムに、1周目のマリーにしたように冷たく見捨てられたら、どうすればいいだろう。
思わず、私の腕を掴んでいたリアムの腕に手を添えてすがっていた。
「お兄様……私はこれからも間違った行動をするかもしれません。その時も、見捨てずに味方でいると約束してくれませんか?」
卒業パーティーで必ずリアムが現れ、私生児だとばらされて幽閉へと繋がる。ならば、リアムさえ味方なら僅かでも幽閉への道が閉ざされるかもしれない。
私が必死な顔をしてリアムを見上げれば、リアムは眉間に皺を寄せた。
少しの沈黙の後、リアムは私に頷いてみせた。
「約束……する。俺は、ずっとマリーの味方でいる。」
その答えは、例えその場しのぎの口約束だとしても、ほんの少しでも私の気持ちを浮上させるには十分だった。
けれどリアムの真剣な表情は、約束をたがえず必ず守ってくれそうな真実味があった。
私が表情を綻ばせると、リアムもつられたように少し表情を緩ませた。
「父に話をするときも、悪いようにはしないよう伝えるから安心しろ。」
どうもリアムは、私が父親に何を言われるか気にしては気に病んでいると思い込んでいるようだ。
そうじゃないんだけど……と思いはしたが、訂正することでもない。
私はリアムに頷いてみせた。
すると、リアムは続けた。
「マリー、ジェイは頼りなく思うか?」
「え……いいえ?」
唐突なリアムの質問に戸惑ったが、頭を振って否定する。
手芸用品店の時も、店を出た時には馬車が既に横付けされていたり、既にケーキ店が予約されていたり、まだ知り合って数時間だけれど有能な働きをしているのはわかる。
それにあのリアムの側仕えをしているのだ。それは学院でも同じで、ゲームでもずっとリアムの従者をしていたのは記憶にある。
リアムが無能な者を傍に置いているとは思えない。
「ジェイは、自分が居たのにマリーを矢面に立たせてしまったことを気にしていた。困った時、ジェイは役に立つから頼ればいい。マリーに頼りなく思われたんじゃないかと思っているだろう。」
「う……はい……そうですね。もう少し考えて行動すべきでした。」
リアムの言葉にぐうの音もでない。
たとえイベントとして脊髄反射的に行動してしまったのだとしても、ジェイの立場を無くしてしまったのは事実なのだ。
そのタイミングで馬の蹄の音がしたのでそちらを見れば、ジェイが公爵家の紋章のついた馬車と共に御者席の御者の隣に座って、通りの向こうから
リアムと私の方に向かってくるのが見えた。
「後できちんと、ジェイと話をします。」
私がそう言うと、リアムは私の頭をそっと撫でた。子ども扱いされたようで気恥ずかしかったけれど、嫌ではなかった。
マリー視点に戻りました。少し短めです。