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49 エマ(1)

エマ視点です

 マリーが衛兵に広間から引きずり出されていくのを見た時は、とても愉快だった。

 好きでもない相手アクセルを落とした甲斐があったと思った。

 その光景を思い出すだけで、エマの口角はにんまりとあがり、自然と鼻唄すら漏れる。

 しかし意識を鏡に映った自分の姿に戻せば、自然と表情が歪んだ。



 長い茶髪に焦げ茶色の瞳。

 鏡に映るのはどちらかといえば可愛いと言えなくもない顔。美人すぎず、かといって不細工でもない。誰にも敵意を与えず、大衆にとって平均的に好ましいとは思われる顔。

 まさに主人公らしい顔。

 前世は黒髪黒瞳の平凡な顔で、生まれかわった姿は、前世より少しは可愛いとは思った。けれどもっと恨めしいくらい美しい姿をした少女が、学院にはいた。


 悪役令嬢マリー・オーランド。

 夜の海に降り注ぐ月光を一 しずくすくいあげたような青銀髪の美しい髪。高い鼻に、長い睫に縁取られた青い瞳。透き通るように白い肌。

 深窓の令嬢という言葉がまさしく相応しい少女。

 ゲームでは画像でしかないマリーが現実にいる姿を見たときは、エマはあまりの自分との違いに心がかき乱された。


 自分は主人公に生まれ変わったのに、なんでこんなにヴィジュアルに差があるの?ライバルなんて適当な顔でいいじゃない。



 その感情は一般的には羨望と嫉妬という名がつけられるが、おそらくエマは認めない。

 手に入らないなら、引きずり落として自分より下に貶めてやる。その思いが心を占めた。


 エマとして彼女が生まれ変わったのは、学院に入学しゲーム開始となる1ヶ月前だった。

 本当に好きなキャラはアクセルじゃない。本当に落としたいのはゲーム2周目に出てくる『 』。

 アクセルはゲームでかなり攻略がしやすいキャラだけれど、彼を攻略することでゲーム2周目の人生ゲームがプレイできるかは、もはや賭けだった。

 ゲームの世界に生まれ変わった以上、彼女は信じて願い、6年という歳月を堪え、その願いは叶った。



 マリーが引きずられ後ろに仰け反った瞬間、エマの身体がまばゆい光に包まれ、気がつけばベッドの中だった。見覚えのある天蓋、見覚えのあるベッド脇のお気に入りのラブソファ、姿見。

 目覚めて見た手の指のサイズが思ったより小さくて、不思議に思ってベッドから降りると、家具の高さが異様に高くて違和感があった。

 姿見に駆け寄って自分の姿を映したら、あまりに幼い姿にぎょっとした。けれど、エマはよくよく考えて理解した。

 2周目に出てくるキャラとの出会いイベントがあるのは、幼少期だからだ。なら私が幼いのも当たり前だ、と。



 1周目の時は、出会うべきキャラクターの居場所が神に啓示されたようにわかった。2周目も、同じに違いない。

 キャラクターと出会えば、1周目と同じように頭の中にゲームみたいな選択肢が出て、やりこんだからこそわかる正解の選択肢を選べば『 』も私の手に落ちてくるはずだ。


 待っていてね、私の運命の人。


 エマは想像しただけで、先ほどまでの不機嫌な顔が笑みへと転じた。



 エマが2周目の生活にも慣れたある日のこと。朝目覚めた瞬間、『今日は出会いイベントの日だ』と悟った。

 いつもより気合いをいれて髪にブラシをかける。出会いイベントのスチルで着ていたのと同じワンピースをドレッサーから出してもらい、侍女にそれにあったヘアスタイルにしてもらう。

 そのワンピースを着て、姿見の前でくるんと回ってみせた。


 うん、完璧な主人公だ。


 エマは姿見を見て、顔がにやけるのが押さえきれなかった。頬をパシッと叩いて気合いを入れると、侍女に馬車の用意を頼んで時を待った。

 部屋で待つ間、風が吹き付けて激しく窓枠が揺れ、音を立てた。外はよい天気なのに、少し雲が多い気がして、雨が降らなければいいと思った。



 リアム・オーランドとの出会いイベントが、手芸用品店で有る。

 手芸店の前に立ち、ゲームと同じ景色が目の前に広がるのを目の当たりにして興奮を抑えるのに必死だった。


 リアムが来る前に刺繍糸の棚の前で待っていよう。


 エマはソワソワとしながら店内を物色し、スチルで見たのと同じカラフルな刺繍糸が並んだ棚を見つけて心が跳ねた。その時だった。

 店のドアを開ける音がしたのでドキドキしながらそっと振り向けば、入口にエマが待ちわびていたリアムがいたので、慌てて入口に背を向けた。

 ほんの一瞬、リアムの後ろに銀色の何かがいた気がしたけれど、エマは気のせいだと見てみぬふりをした。



 リアムが店内に来た。エマも店内の刺繍糸の棚の前。スチルに繋げる為の準備が全て揃っていた。

 エマは何度も深呼吸をすると、タイミングを見計らって棚の刺繍糸を払い落とした。

 その後にあるイベントを思い浮かべれば、エマは無意識に口角がニンマリとあがっていた。

 しかし、いくら待ってもリアムは来なかった。



 おかしい、何かがおかしい。何でリアムじゃなくて、店員が来るの?店員が刺繍糸を拾い集めてるのは何故?それをするのは、リアムのはずでしょう??



 エマはなぜ店員が来たのか慌てて問い詰めると、



「あちらの方が、お客様が刺繍糸を落とされたようだとおっしゃったものですから……。」



 そう言う店員の視線の先を辿れば、少し離れたところを歩いていくリアムがいた。どこかに向かっているようで、リアムの動きに合わせて視線を動かせば、そこに居てはならない人物がいるのに気づいて心臓がグシャリと握りつぶされた気がした。

 さっき知らぬふりをした銀色が間違いでなかったと悟った。

 憎くて仕方のない相手。1周目でアクセルの婚約者として登場し、エマを取り巻きと一緒にいびって虐めてきた女。

 マリー・オーランドだった。

 目立つその容貌は、店内の他の客の視線を集めていた。リアムと揃えば美男美女で、更に視線が集中する。



 許せない、許せない、許せない。

 そこは私の場所よ!



 エマはきつく唇を噛み締めると、刺繍糸を集める店員には目もくれず、リアムの傍に走った。他の客を押し退けリアムの後ろに立つと、渾身の笑顔を浮かべて話しかけた。

 こうなったら、なんとかリアムと繋がりを作るしかなかった。

次回もエマ視点です

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