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ほっと胸を撫で下ろしたところで、視界に特別室が入り、そこでようやっとリアムのことを思い出した。
化粧室に向かってからかなりの時間が経っているから、そろそろリアムが様子を見に外にまで出てきてもおかしくはない。けれど今はライアンのことを知る人物をこれ以上増やすのは得策じゃない。
この店の特別室は防音に優れているのか、あれほどモード侯爵が大声で騒いでいたというのに、リアムどころか、ライアンがいた部屋からも誰も出てこようとしない。
この店にいたら危険に晒されることはまずないと、よほど信用しているのかとも思ったけれど、いや違う、と思い直した。
目の前にいるのはこの国にとって超がつくほどの重要な人物。
今もこの特別室の扉の向こうで、事の次第を探られている可能性がある。
さっきの騒ぎの時に出てこなかったのは、私が現れたから出るタイミングをくじかれたのかもしれない。
ライアンも特別室の中のことを気にしているのかほんの束の間、視線がそちらに動くのが見えた。
それに気づいた私は大きく息を吸い、困ったような笑顔を浮かべると口を開いた。
この場を終わらせるために。
「ごめんなさい。貴方ともっとゆっくりお話ししていたいところだけれど、実は今、人を待たせているの。」
私はそう言って自分が使用している特別室の方に視線をやる。暗に急いで戻らないと中にいる人物が出てくるかもしれない可能性を滲ませて。
「だから、そろそろ戻らないと。」
「そうですか。残念ですが、またゆっくりとお話しする機会が与えられることを楽しみにしております。」
「ええ、また…ね。」
私が淑女然とした笑みを浮かべると、ライアンは胸に手を当てて私に礼をした。それを見て続くようにジェイもライアンに礼をする。
それを合図にジェイと連れ立ってその場を後にした。
部屋に入る間際、ライアン以外の視線を感じた気がしたが、気づかない振りをした。
下手に反応して、トラブルに遭うのは避けたかった。
それにしても、重要な立場だというのに1人で行動するとか妙に不用心ではないだろうか?
まさかさっきの騒ぎはエマとリアムの出会いイベントだったり……なんて思ったりしたけど、散々ゲームをプレイしたのに、いくら考えてもそんなイベントあったように思えなかったから、忘れることにした。
どうせ次に会うのはデビュタントではなくて、学院の入学式だ。
もうしばらくイベントは間に合っています。
特別室にジェイと戻るとリアムは2人が今まで居なかったのをまるで気にしていなかったようで、メニューを見て頭を悩ませており、ああでもないこうでもないとぶつぶつ何やら呟いていた。
ジェイと目を合わせると苦笑するのが見え、私は大きくため息をついた。
ライアンとの攻防で私は人知れず胃を痛めていたというのに、呑気なものだと。
「まだ選んでいたんですか?」
私があきれた調子で腰に手を当てて言えば、リアムはようやく2人が戻ったのに気づいたようで、
メニューに向けていた視線をコチラに向けた。
「ああ、早かったな2人とも。」
明らかにメニューに夢中になっていて時間経過も気にしていない様子に、リアムが今にも部屋から出て来るんじゃないかとソワソワした自分が馬鹿みたいだ。
ゲームだとクールなイメージしかなかったけれど、随分と天然なところがあるようだと感じた。
私がこめかみに手を当ててまた深いため息をつけば、リアムは察したらしい。
私がリアムの向かい側の席につくと、リアムが尋ねてきた。
「何かあったのか?」
リアムの質問に私の代わりにジェイが答える。
「廊下でモード侯爵に会いました。特別室を使用したかったようですが、店側の都合で断られたようです。」
「特別室はもう1つあったようだが?」
「生憎、そちらも使用中だったようで、侯爵と話をしていたところ、その特別室からリアム様くらいの齢の少年が出てきました。モリソン辺境伯の長子、デルタと名乗っていました。」
「モリソン辺境伯……確か先代は騎士団の副団長を勤めていたと聞いたことがある。」
「はい。そのデルタ様と私が2人ともモード侯爵に捕まってしまったところ、マリー様が戻られまして、助けてくださいました。従者である私がおりながら、私自身が対処できずマリー様を矢面に立たせてしまいました。申し訳ありません。」
そう言って、立ったままだったジェイがリアムと私に向かって頭を下げる。
勝手に前に出た私が悪いのに、そんな風に謝られてしまうと何だか気まずい。
リアムが何か言いだす前に、慌てて口を挟んだ。
「ごめんなさい。私が出た方が立場的に丸く収まると思ったんです。悪いのは私なの!」
立ち上がって机に手をついてリアムの方に身を乗り出してジェイに言ったのと同じ理由を告げると、リアムも同じように立ち上がって私に手を伸ばし、座るようにと肩を押された。
されるがままストンと座ると、リアムはジェイの方を向いた。
「今回の事は父にも話を通す。詳しいことは父を交えて話をしよう。」
「はい…。」
悪いことをしてしまったようだと沈んでしまい項垂れると、リアムが場の空気を変えようとしたのか軽く咳払いをした。
バッと顔をあげれば、メニューが差し出される。
「ともかく、ケーキを頼もう。」
「……はい。」
ジェイが店員を呼び、頼んで出てきたケーキは甘くておいしいはずなのに、何だか苦く感じた。
リアムは自分が外の騒ぎに気づかなかったせいもあると責任を感じていたりします。




