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 ゲームには様々なデートスポットが存在する。

 海沿いや並木道を散歩したり、ショッピングを楽しんだり。

 想定はしていたけれど、リアムが選んでジェイが予約していた店は、そのデートスポットのケーキ店そのものだった。



 馬車で移動してケーキ店に到着し、店構えを目の前にすると感慨深いものがあった。

 公爵家や先ほどの手芸用品店を見たときも思ったけど、テレビの画面越しではない本物が目の前にあるのを見ると、改めて私はゲームの中にいるのだと実感する。

 公爵家についたときは緊張でそんなことを考える余裕なんてなかったし、手芸用品店についた時はまさかゲームに関係する場所なんて思い付きもしなかった。



 ケーキ店でのイベントもいろいろあった気がするけれど、さっきエマとリアムの出会いイベント(失敗)があったばかりだ。まさか他のイベントは起こらない……よね?



 このケーキ店は貴族だけではなく庶民にも人気で、1階は庶民が、2階は貴族や富豪が利用するカフェスペースになっている。そして3階は特別室が2つだけあり、かなりの高位貴族やお忍びできた王族などが利用したりする。

 それぞれの入り口の位置も違い、他の階の利用者とは顔を合わせずに利用できるようになっているので、密談にも持ってこいらしい。

 私としては、3階まで徒歩で上がるのはどう考えてもきついと思うのだけれど。

 階段を登る苦労なぞ、特別室を使えるという優越感を考えたらどうでもいいのだろうか。



 そこまで考えて、少し嫌な予感がした。

 オーランド公爵家はかなりの高位貴族だ。

 庶民が利用する一階のカフェスペースを利用するわけがないし、1人で行くのが恥ずかしい甘党のリアムが私と一緒だからと行くことを決めた場所だ。ジェイが主であるリアムの為に、他の誰かに見られる心配のない3階特別室を予約しない………わけがない。



「お兄様……っ……今度からケーキは持ち帰りにしませんか……。」



 3階までなんとか手すりを使って登りきったけれど、ずっと隠れ家という狭い家で生活し、外にほとんどでない運動不足な生活をしていた身にはかなり堪えた。

 転びたくないので低めのヒールの靴を用意してもらってはいたけれど、3階まで歩くのはかなり負担だった。


 店員に特別室に案内されて席につき、深く息を吸って息をゆっくりと整えていくが、心臓の動悸はなかなか収まりそうにない。

 特別室は新しく改装されたばかりのようで木の匂いがし、美しい絵画や調度品も置かれて心地よいはずなのに、息が荒くて落ち着かない。

 3階からの窓の外の眺望も楽しみたいのに、このままではままならない。


 ゲームのキャラとの特別室でのイベントはたくさんあったような気がするけれど、こんな苦労をしているなんて画面の向こうではわからなかった。

 ゲームでは、『パッ』と画面が切り替わって、そんなことなかったような笑顔でケーキを食べていたもの…。



「大丈夫か?」



 リアムもジェイも3階まで続く階段をものともせず、平気そうな顔をしているのがなんだか腹立たしい。



「大丈夫です。」



 心配して声をかけてきたリアムに意地をはってそう返すが、私の傍に立っていたジェイからハンカチを差し出されたことで、額から汗が浮き出ていることに気づいた。

 さっと受け取ってその汗を押さえる。



「少し鏡を見てきてもよろしいですか?頼むケーキとお茶はお兄様にお任せします。」



 甘党のリアムのことだから、美味しそうなケーキとそれに合いそうなお茶を選ぶ腕くらいあるだろうと思ってのことだ。



「ああ、わかった。選んでおこう。」



 早々とケーキのメニューを手にしていたリアムは、もう少しで美味しいケーキが食べられるので気持ちが浮き立っているのか、口角が少し上がっている気がした。

 私が立ち上がるタイミングでジェイがそっと椅子を引く。そのまま手を差し出され、自分の手を添えると、部屋からでてそのまま右手の方に案内された。

 その途中、もう1つの特別室の扉の前を通ると誰かの声が僅かに漏れ聞こえた。私たち以外にも特別室を利用している客がいるようだった。



 ジェイは、まるで自分の家のようにトイレ近くまで私を案内してくれた。



「なぜ場所がわかるの?」


「この店はノリス男爵家が投資しているので、建設の際の設計図は拝見しています。内装に関しても意見をしておりますので。」



 貴族が店の投資をすることはよくあることなので、納得できる理由だった。

 オーランド公爵家もいろんな商会に投資を行っていたはずだ。



「なるほどね。ありがとう。先に戻っていていいからね。」



 ジェイと別れてトイレに向かい、鏡に向かう。

 トイレの個室は3つあったけれど、1つの個室が埋まっていた。

 不思議な話なのだけれど、この世界はトイレは水洗だった。

 ゲームの中は馬車で移動したり、お風呂はシャワーがなくて薪で沸かしたお湯を使う西洋風なのにトイレはきちんと整備されていて水洗なのは、なんだか不可思議でおかしかった。



 汗も引き落ち着いたのでそろそろ戻ろうとしたところで、廊下の方から何か騒ぎ声が聞こえてきた。男の人が怒鳴っている気がする。

 私がそっとドアの外に出ると、でっぷりとした体型の身綺麗な格好の男性が、男性のその身体で見えない位置にいる誰かと、ジェイに対して怒鳴り付けているのが見えた。

 ジェイは私に気づくと必死に目で合図する。

 私に来るなと言っているのはわかったけれど、主という立場であるのだから、守られているだけで隠れていていいのだろうか。

 いや、いいわけがない。

 グッと手を握りしめ、気合いをいれた。



「どうかしましたの?」



 何気ない様子で声をかけると、2人に怒鳴り付けていた男性がくるりと振り向いた。

 眼を吊り上げて此方を見てきた男性に、なぜか見覚えがあった。

 男性は私に気づくと肩をいからせた。



「どうかしましたのじゃない!こっちは今日は特別室で商談をするはずだったんだ。それをこんな子供になんで譲らねばならぬのだ!」



 そう言って、私を男性は指差した。

 袖口に家紋を示すカフスボタンが見える。

 家庭教師に家紋の勉強をさせられたので、各家の家紋は頭に詰め込んである。

 この男性の家紋は確か……。



「モード侯爵家の方かしら?」



 家を言い当てられて、男性はふんぞり返るとどや顔をした。



「ああ、そうだが?」



 モード侯爵家はかなりの高位なので、そう言えば引き下がって特別室を渡すと思ったのだろう。モード家よりも優先する家柄の者が利用しているとは考え付かないものなのだろうか。

 私が言葉を発そうとしたところで、男性の影で見えていなかった人の顔が見えて、私は息を飲んだ。



 輝くばかりの金の髪に、琥珀色の瞳。かつて会った時から身長も伸びて幼さもなくなった端正な顔。

 アンテレード王国第1王子、ライアン・アンテレードその人だった。

 2周目でライアンが姿を現すのは入学式なので、まだ身分を隠しているはずの時期だ。



 モード侯爵、貴方は今、王族に楯突いてるんですよ??



 なんて言えるはずもない。

 私の存在に気づいたらしきライアンも、私が昔あった人だと察したのか、目を丸くした後に私に向かって微笑んで見せた。

 もう1つの特別室を使っていたのは、ライアン達なのだろう。

 ライアンが第1王子だと話せるなら楽なのだけど、彼を守るためにはここは、私が場を納めるしかない。

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