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 リアムが悩みながらも指差した刺繍箱ソレに、私は先程までのエマとの出来事など頭から消え去り、彼の方を二度見した。

 一瞬、冗談を言っているのかと思ったけれど、左隣に座るリアムは至極真面目な顔つきで、明らかに本気だった。

 リアムが選んだ刺繍箱は、窓から差し込む陽光で縫い付けられた金の飾りや銀糸で縁取られたレースがよりキラキラと煌めいていて、相変わらずごてごてと趣味が悪いと思った。



「なぜこれが私に似合うと?」



 無駄に装飾がついて、見た目だけで『お金がかかってます』と丸わかりの激しい主張する刺繍箱は、他の箱とは明らかに毛色が違っていた。

 静謐せいひつを美とする人なら、絶対に選ばない。

 正直、リアムの答えは想定外だった。

 リアムは質問を受けて私の方を見て、いや私の銀の髪を見て言った。



「ここに銀糸のレースが使われているからだ。髪色と同じだろう。」



 そう言って、箱の銀糸レース部分を指す。実に単純な理由だった。まさかリアムがそんな理由でこの金の刺繍箱を選ぶとは思わなくて、正直、言葉に詰まった。



「理由はそれだけですか?」


「それだけだ。」



 更に追及すれば、サクッと答えが返ってくる。リアムは本気でただ銀のレース部分だけ見て選んだようで、金の飾りの部分は意識していないらしい。

 そこだけ知れば、この人は見たまま選ぶ人なんだなとしか思えないが、もしかしたらという思いにかられ、別の質問も投げ掛けた。



「もし今、父や母が私に似合うものを選ぶとすれば、どれを選ぶと思いますか?」



 この質問は、ある可能性が浮かび上がったからだ。この可能性が確定となるならば、私が考えていた前提が覆る。



「父が選ぶとすれば、これだろうか。母ならこれだな。」



 リアムが父が選ぶとすればと示したのは、シンプルにグレーの布地がついたもの、母が選ぶとすればと示したのは、小花の刺繍がついたものだった。

 心臓が早鐘を打つ。



「父は成果を気にする方だ。刺繍を練習するのだから刺繍箱に張られた布地に刺繍することで成果を示せと言うと思う。母は可愛らしい物を好む方だから、自分の趣味も合わせて花の刺繍の物を選ぶだろう。」



 顎に手を当て少し考えながら話すリアムを見て、私は別のことに意識が行っていた。

 リアムが示した答えは、私の考えていた前提が大きく覆るものだったからだ。


 そもそも、刺繍は貴族女性の嗜み。男性貴族が用事もないのに手芸用品店に来ることなど、ほとんどありえない。

 リアムはゲームに行動を誘導されて、手芸用品店に訪れたのだと思っていた。

 ゲームに関係なく、また私の意思にも関係なく、リアムはもともと1周目でも手芸用品店に訪れていたとしたら?



 公爵が用意したと思われた金の刺繍箱。それを1周目でリアムが、『いつか使う物でマリーの髪色に合う物だから』と、マリーを歓迎する意味で選んで用意していたとしたら?



 マリーが欲しいと思って得られていないと思っていた家族からの愛情(モノ)が、目の前に形としてあった。

 胸に熱いものが込み上げてきて、思わず口元を押さえた。

 心のなかでマリーに声をかけた。

 貴方の欲しがっていた物は、ちゃんと手にしていたんだよ。気づいていなかっただけで。



「これにします。お兄様が選んだ物だから。」



 私は金飾りのついた刺繍箱を手に取った。

 本来なら幽閉フラグを避けるために、1周目とは違うものをセレクトすべきなんだとは思う。

 でも私はどうしてもこれを選びたかった。

 マリーがちゃんと、欲しかったものを得られていたあかしとして。

 今は中身は入ってなくてただの空箱だけど、たくさんの想いがつまっているように思えた。


 ただ、人に刺繍箱のことを聞かれたら付け加えさせていただこう。

 これは兄であるリアムが選んだものだ(から私の趣味で選んだものではない)と。

 後日、マリーの刺繍の教師や侍女達を通して、オーランド公爵家の長男はセンスが悪いと噂がたったのはここだけの話である。



 刺繍箱の中身は刺繍初心者用のセットがあるとのことで、セレクトは店に任せた。

 前世で私がまだ元気だった小学生の時、家庭科の時間にボタン付けや簡単な縫い物はしたことはあったけど、刺繍なんてしたことがなかったので何が必要かなんてわからなかった。だから、そういうセットがあることに安心した。

 買ったものは全部、後日に送り届けてくれるらしい。


 店の応接室を出る時、まだ店内にエマがいるのではないかとびくびくしたけれど、姿が見えなかったので杞憂だったと悟った。

 店の外ではジェイが、店の入口から少し離れた場所に馬車を横付けして待っていた。

 私とリアムの姿を見つけると、さっと近づき礼をする。



「応接室に案内されている様子でしたので、頃合いをみて馬車をご用意しておきました。あとご要望の店の予約も済んでおりますので、すぐにお連れできます。」



 そう言って、ジェイは意味ありげにリアムに向かってほくそ笑んでみせた。



「店?予約?」



 私が確認するようにリアムを見ると、リアムはわざとらしい咳払いをした。

 表情は相変わらず変わらないが、耳が若干赤い。



「マリーに美味しいケーキを食べさせてやりたいと思ったから、予約を頼んだだけだ。」



 思い出した。攻略本に載っていたデータ。

 リアムは鉄面皮で、人を睨み付ければその表情1つで人を殺せそうな顔をしていながら、大の甘党だったこと。

 一緒に女性でもいなければ、男は1人では行きづらいだろう。

 ゲームでは、エマとケーキ店でデートするシーンがあった。

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