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「それで、何がおっしゃりたいのですか?」
つい声のトーンが下がり懐疑的な視線をリアムに向けると、彼は私の逆立った気を沈める為か、慌てて言葉を紡いだ。
「父も母もお前の敵ではないのだから、失敗しないようそこまで気を張る必要はない……と言いたかったんだ。」
リアムの言葉に、私はつい眉をつり上げてしまった。
リアムは公爵夫妻の息子で、よほどのことがない限り家を継げる。けれどマリーは私生児で、それがバレたら公爵家の汚点になる存在。
公爵夫人に監視され、人間性を確認され、下手したら公爵家に入る前にいなくなっていたかもしれない存在。
マリーの人生は今にも切れそうな不安定な糸の上を歩いているような状態で、リアムの人生は頑丈なコンクリートの上を悠々と歩いているような、揺るぎがないものだ。
安全な立ち位置にいる人間に、言われたくはない。自分を守るために、必死になるのは当たり前じゃないか。
心がささくれだち、行き場のない憤りがぐるぐると体の中を巡る。
今口を開いたら、リアムに対して悪態をつきかねない。
黙りこんで俯き口を硬く結ぶと、リアムは柔らかな声のトーンで続けた。
「誰かに父上と母上のことを聞いて、極度に恐れているのなら、それは1度忘れろ。特に母上は、自分の内側に入れ、自分が守るべき者だと決めたら、とことん守り抜く女だ。誰かの評価に囚われず、自分の目でその人を見ろ。」
リアムの言葉にハッとして、私は顔をあげた。どこかで聞いたことがある台詞。私は誰かにそんなことを言った気がする。
頭に浮かんだのは、家庭教師であるエイダンとの会話。
『先生、他の誰かの評価を通さず、私自身を見てもらえませんか?』
『他の誰かの評価というのは、時に誰かを貶める為に、ネジ曲がって伝わることがあります。私は、そんな目にあいたくありません。』
他ならぬ自分自身が、他人の評価で自分を貶められたくなくて発した言葉だ。
私は自分がして欲しくないことを、他の人にはしていたのだ。
他人の評価はあくまで他人がしたことで、自分自身のものではない。自分自身の目で見て評価して、はじめて自分のものとなるのだ。
私はあくまでソフィアがした公爵夫人の評価を、そしてあくまで 1周目のマリーがした評価を、自分の目でみたわけでもないのに自分のものとしていたのだ。
2周目の人生は、今は私のものだ。私自身が評価をするのだ。
私はつい、ふふと笑い声をあげてしまった。
心のささくれが凪いでいく。
「なら私がお兄様から聞いたお母様の評価を受け入れたら、それこそ自分の目で見ているとはいえないのでは?」
私が笑ってそう言うと、リアムは面食らったように目をしばたたかせた。
「お母様は、ナイフを落とした私を庇ってくれました。私を守ろうとしてくれました。見る目を変えるべきですね。」
私の言葉に、リアムは言いたいことがきちんと伝わったことに安心したのか、先程の意を決したような緊張をはらんだものではない、ほっとしたような息を吐くのがわかった。
外はとても良い天気で、小窓から日が射して馬車内を明るくする。
私の心まで、明るく軽くなったような気がした。
その後は目的地につくまで特に話すことがなくて、ついつい無言になってしまったけれど、温かな時間が流れているようで、特につらくはなかった。目的地である店まで、外の景色を見て過ごした。
目的地である手芸用品の店に着くと、リアムの格好と相まって、また既視感が再燃した。
なぜそんなことを感じるのかわからず、私が店の前で立ち止まると、エスコートをしてくれているリアムが不思議そうに私の顔を覗きこむ。
その行動で、頭の中にあるゲームのスチルが急に浮かび上がった。
ゲーム2周目以降、限定のスチル。
なぜこれを忘れていたのだろう。
リアムの格好と刺繍箱を購入しにいくというイベントが起こった時点で思い出すべきだった。
私はリアムの腕をぐっと掴んで、彼を引き留めた。
「お、お兄様。もし近くに刺繍の図案集が売っている書店があるなら、そこに先にいきませんか?」
「あるにはあるが……歩くと遠い。目の前にある手芸用品店に先に行くべきだろう。」
必死の引き留めもむなしく、訝しげな顔をされてはこれ以上止めるのは無理だ。
「そうですね……手芸用品店に行くべきですよね。」
私は覚悟を決めて深呼吸すると、リアムに先導されて店内に入る。
店内は女性客ばかりで、男性客が珍しいのか、リアムと私が店内に入ると、じろじろと露骨に視線を向けてくる女性が目立つ。
その女性客達の中で、こちらに背を向けて刺繍糸を選んでいる女の子が目に入り、つい私は目を逸らしたくなった。
2周目にある、はじめてのリアムと主人公の遭遇イベントは手芸店で起こる。
エマが手芸糸を選んでいると、棚から大量に糸が落ちてしまう。それを拾い集めているのを、リアムが手伝ってくれるのだ。
26話とリンクしています。




