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マリーの中にいる自分に、強くその緊張が伝わってくる。何度もプレイしたゲームだから、王子が何をしようとしてるのか手に取るようにわかる。けれど、その様子を見ていることしかできず、ただ固唾をのんで見守るしかない。
「偽りなどと、訳のわからないことを言うのはお止めください。」
マリーがアクセルに咎めるように伝えるが、その言葉尻が震えている。マリーはどうにか素知らぬ振りをして場をおさめようとしたが、その僅かな変化をアクセルは見逃さなかったらしい。
「隠しだてしても無駄だ。ならば、お前の兄に問おう。リアム!この女はお前の何だ?」
王子が、マリーの遥か後方に向けて手をあげる。
マリーがばっと振り向けば、3人を囲んでいた人波の一部が割れ、1人の男がその奥から現れた。
ノンフレームのメガネをかけ、怜悧な視線をこちに投げかけている黒髪の男。リアム・オーランド。オーランド公爵家の長男で、ある特定の条件で攻略できるキャラクターだ。
リアムが来たということは、いくらマリーが穏便に終わらせようとしても無理だ。
マリーは青ざめ、これから何が起こるのかを察して、口許がわなわなと震えた。
下を向き、ぐっと唇を噛み締める。
リアムはアクセルに近寄ると、視線を交わし、頷き合う。それを合図に、リアムが口を開いた。
あきらかに計画的だった。
「マリーは、本当の妹ではない。マリーは、父の妹である叔母の娘。誰とも知れぬ相手との間に生まれた私生児だ。」
先程のアクセルの言葉同様、わざと周囲に聞かせるような大きな声。その台詞に、人垣がざわりと揺れた。どよめきがさざ波のように広がっていく。
マリーは秘密をばらされたことに呆然とし、恥ずかしさに身の置き場がなくなった。
聞かないでおこうにも、キリで穴をあけるかのように、周囲の声が耳に入り込む。
ーーーーー偉そうにしていたのに、私生児。
ーーーーー公爵家の温情で育った娘。
ーーーーーいい気味ね。
この国で、私生児に対する扱いは悪い。
婚姻もせずに身ごもるということは、恥ずべきことだという考えが根強い。
公爵家の血に連なる者で、そのような者が出ることは大醜聞だ。だからこそ、オーランド公爵は隠蔽の為、マリーを自分の子として引き取ったのだろう。
いい気味だと言われるのも無理はない。
マリーは公爵家に引き取られ、高位の貴族であるその立場を利用して傲慢に振る舞った。まさに悪役令嬢と呼ばれるにふさわしい態度で。
リアムは、己の家のことだというのに他人事のように淡々と話すあたり、自分および公爵家に火の粉がかからないような取引をしていることが垣間見えた。
王子の方に視線を向けていたリアムは、その視線をマリーの方に向けた。
冷え冷えとしたその眼差しが、マリーを貫く。その眼にはなんの温もりも感じない。
「マリーが愚行をしなければ、この場に俺が立つこともなかった。お前は、公爵家の恥だ。」
「お兄様!!」
マリーを切り捨てるその物言いに対するマリーの悲痛な声に、僅かながらリアムの眼差しが揺らいだ。マリーの記憶の中に、リアムと仲良く過ごした記憶などない。
小さな頃から公爵家で共に過ごしていたから、リアムにもマリーに対してほんの少しでも情というものがあるのかもしれなかった。たたその揺らぎは大海にほんの一滴垂らされたさざ波にすぎない。
アクセルが、自分に視線を集めるようにわざとらしく何度も咳払いした。皆の視線が集中し、ざわめきが小さくなると、満足したように笑みを浮かべ、懐から少しくしゃくしゃになった紙を取り出した。
その紙を見えるように広げ、読み上げていく。
舞台のスポットライトを浴びたように、意気揚々とマリーを追い詰める姿は異様ともいえる。
「婚約誓約書。アンテレード王国第二王子アクセル・アンテレード、ならびにオーランド公爵家の長女マリー・オーランドとの婚約を契約としてここに記す……とある。しかし、オーランド公爵家に長女など、存在しない。アンテレード王国を謀った罪で、そなたを幽閉する。」
王子は勝ち誇ったように婚約誓約書をぐしゃりと握りしめ、そのまま床に放った。
私生児:結婚していない男女の間に生まれた子